壹岐國勝本にて
長塚節
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)對州《つしま》は
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)蜈※[#「虫+松」、第4水準2−87−53]《むかで》が
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)しい/\と
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地圖を見ても直ぐ分る。對州《つしま》は大きな蜈※[#「虫+松」、第4水準2−87−53]《むかで》が穴から出かけたやうでもあるし又やどかり[#「やどかり」に傍点]が體を突出したやうでもあつて、山許りだから丁度毛だらけのやうに見える。それが壹州《いき》になると靜かな水の上に溶けた蝋がぽつちりと落ちたやうな形である。さうしてさう高い山がないから地圖で見ても滑か相である。それが一昨日《おとゝい》と昨日と空氣が冴えたので、それでなくても景色のいゝ海岸が如何にも爽快であつた。壹州に只一つ温泉場があるが入江になつて居てあたりを鯨伏村《いさふしむら》といふ。鯨伏はイサフシである。殊に昨日は一番南の郷の浦へ行つて少し高い處へ登つたら肥前の平戸から五島の一部まで見えた。そこには土地の商人らしい人々が六七人で居たが五島あたりの見えるといふことは容易に無いんだ相で其内の何人かは始めて見たと言つて居た。そこらには松があつて土は短い青芝で掩はれて居る。青芝は延びれば皆牛が※[#「手へん+劣」、第3水準1−84−77]つて了ふから何時でも綺麗なのである。牛は到る處に居る。小徑を行くと時としては牛が横に立つて道を塞いで居る。彼等は人が行つたつてちつとも動かうとしない。しい/\と少し位言つたつて駄目である。其筈だらう。島では今漸く田植の終る處で、そつちでもこつちでも馬鹿に百姓が呶鳴つて居る處があるが、それは屹度牛に田を掻かせて居るのだ。此島の樹木は可成多くてさうして翠が深い。其間にそれは山の上の方までさうなんだが淡い緑が交つて居るのは皆大豆畑である。
大豆は大分よく出來るとかで畑といへば九分まで大豆ばかりである。涼しい風が大豆の葉を渡つて吹く夕方に牛は依然のつそりとして草をむしつて居ることがある。畑と畑との間に茨に交た芒をむしつて居るから牛は大豆の葉はたべないのかと思つたら、牛によつて好きなのと嫌ひなの
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