燻べながら別当がさうだといつた。自分は何だか非常に嬉しかつた。別当の家を立つて湖畔を伝ひて秋|茱萸《ぐみ》が草のやうに茂つた汀を暫く歩いた。茱萸は漸《ようや》く成熟しかけた処で薄赤くなつたばかりであつた。樹立の間から明るい湖水を見つゝ小坂への本道だといふ薄荷越へ志した。薄荷の坂へついた時二三人連の女に逢つた。皆筒袖で空の叺《かます》を背負つて居る。四角な布を三角に折つて頬冠のやうにして頭を包んで居る。女に聞くと其布は風呂敷といふのである。山で何をするのかといふと橡の実を拾ふのだといつた。自分はふと又コカはニキヤウへ成るのだなと念をついたら此の女もさうだといつた。それで白い花がさくのだなといふと此もさうだといつた。自分は小坂へ帰つてからすぐに十和田でコカを喰べたことを書いて二三の人へ葉書を出した。此の人々へは嘗て鶴爺さんの噺をして居たのである。香竄葡萄酒のやうな味がしたと葉書へ書くことが手柄でもしたやうに自分には愉快であつた。
底本:「花の名随筆10 十月の花」作品社
1999(平成11)年9月10日第1刷発行
底本の親本:「長塚節全集 第二巻」春陽堂書店
1977(昭
前へ
次へ
全13ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング