か。
父よ母よ。人間の作つた学校の冷たい扉から解放された子供たちは、神によりて作られた素直さを取りもどしてゐるではないか。かれ等は洗面器の水の底に八月の蒼穹を見出してゐる。八月の白雲を見出してゐる。
*
父よ母よ。真夏の空高く、高灯籠をかゝげつゝうたふ子供たちにとつて、盂蘭盆《うらぼん》はお祭にもましてなつかしいのだ。父と母ときやうだいたちが故郷の一つの家に集まつて、御先祖さまを思ふのだ。亡くなつた祖父、祖母を待つのだ。子供たちはお迎火を焚いて馴れぬ手に珠数をつまぐる。亡くなつた弟のことや、生まれたばかりで亡くなつた赤ん坊のことを思ひ出して可憐な涙を落す子もある。だが子供たちはすぐに悲しみからも解放される。子供たちにとつては亡くなつた祖父も、赤ん坊も、山の墓の下に生きてゐるんだ。遊んでゐるんだ。墓の下は広い、遠い、無限の世界なんだ。人間の世界よりももつと真理にかゞやいた世界なんだ。子供たちはその世界を見ることはできない。だけど祖父も赤ん坊もそこの世界に生きてゐるんだ。だから盂蘭盆になれば遠い世界から故郷の家に帰つて来るんだ。ちやうど子供たちが学校から帰つて来るやうに。
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