ちは寄宿舎の窓から夜の星を眺めて父を思ふであらう。母を慕ふであらう。
父よ幼児を膝に抱いて八月の夜空の星の名と、星の物語をくりかへすがいゝ。そしたら子供たちが大きくなつて遠い外国の海を渡る時も、夜の空を仰いでは父を思ふであらう。
人間は地上の人間苦にへしつぶされて、年一年とあまりに多く地上を眺めては溜息するやうになる。だが八月の夜が来る時、天の川の流れが南から北へ懸る時、不図天上を仰いで幼年時の朗かな世界を取りもどす。
八月の空は、夜ごとの星を見るに一番めぐまれた季節だ。空は磨かれた。星はかゞやきはじめた。だがそこにはまだ秋の悲しい声を聴かない。
父よ母よ。子供等を抱いて八月の夜の空を眺めよ。そして子供たちが大きくなつて人間の苦労にへしつぶされさうな時も、星を仰いで勇気づけられることを教へるがいゝ。
*
父よ母よ。子供等を抱いて高原の径を歩め。
父よ母よ。子供等とともに草に寝よ。夜明方の山を見よ。八月の葡萄畑に憩へ。
父と子とともに八月の草に寝て、何物をも持たざる者の幸福を悟ることも必要だ。
底本:「日本の名随筆 別巻42 家族」作品社
1994(平成6)年8月25日第1刷発行
底本の親本:「吉田絃二郎感想選集(第一巻) 小鳥の来る日・煙れる田園」新潮社
1935(昭和10)年5月発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2006年11月17日作成
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