のちからが伸展する。
野よ日暮れよ。高原よ凩を止めよ。空と水と市街と悉く滅びよ。黝暗と死静とがすべての世界を支配せよ。そこに始めていのちの潮が高鳴りの響きを伝へる。そこに始めて内なる世界のうごめきが始まる。
私は最後に一言附け加へて置かなければならぬ。それは沈黙なる言葉の内容に就いてゞある。沈黙とは必ずしも無意識無争闘といふ意味ではない。私が強ひて沈黙を主張する所以は、ともすれば外に向つてのみ、いのちの伸展を索めようとする現代の私たちの心は、やゝもすれば内なる生命の空虚を忘れんとする傾向を多く持つことを恐るゝからである。
沈黙は内に向つての争闘である。沈黙は霊の世界に於ける戦ひである。沈黙は我れ自身に向つての争闘である。
社会、他我に向つて戦はれる争闘は時として絶ゆることがある。けれども我自身に向つての闘ひは永遠に絶ゆることはない。真に生きる者は常に我自身の内に闘ふことを忘れない。
沈黙は内なる世界の覚醒である。内なるいのちのうごめきである。真に永遠なるいのちの伸展である。
此の半世界が日暮るゝ時、他の半世界が光明の世界を現すやうに、私達の心が外から内に向けらるゝ時、私達の
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