な体を燃やして灰にしてしまうのだ。おれのようなものをまた造ろうという好奇心の強い穢らわしいやつが、おれの死骸から手がかりを得たりしないようにね。おれは死ぬつもりだよ。いまおれの胸に焼きついている苦悩も感じなくなるだろうし、この飽き足らぬ、抑えきれぬ感情の餌食になることもないだろう。おれをつくったこの男は死んでいるのだ。おれが居なくなれば、おれたち二人の記憶だって、すぐ消えるだろう。おれはもう、太陽とか星を見たりしないし、頬をなぶる風も感じなくなるだろう。光も、感情も、意識もなくなってしまうだろう。そして、そういう状態のなかに幸福を求めなくてはならないのだ。何年か前、この世界の示す形象がはじめておれの眼の前に開け、夏の気もちよい暖かさを感じたころ、木の葉のさやぐ音や鳥の囀る音を耳にしてそういうことがおれの全部であったころなら、死ぬのが怖くて泣いたにちがいないが、今では死ぬことがたった一つの慰めなのだ。犯罪でけがれ、悲痛な悔恨に引き裂かれた今、死以外のどこで休息を取ることができるだろう。
「さようなら! これでおいとましよう。おれの眼が見おさめする最後の人間があんただ。さらばフランケンシュタイン! おまえがまだ生きていて、おれに対して復讐の念をもっていたら、おれが死んでからでなく、生きているうちに、それが満たされたわけだね。しかし、そうじゃなかった。おまえは、おれがもっと大きな悪事をはたらかないように、おれを殺そうとした。だから、何かおれの知らないやりかたで、おまえがまだ考えたり感じたりするのをやめないとしても、おまえは、おれの感じる復讐の念よりも大きな復讐の念をおれに対してもたなかったにちがいない。おまえは破滅したが、おまえの苦悶はまだまだおれの苦悶には追いつかない。悔恨のとげは、死がそれを取り去ってくれるまでしじゅう傷口を悩ませるだろうからね。
「しかし、すぐに」と悲しげに、また厳粛に、熱情をこらえかねて、怪物は叫んだ、「おれは死んで、いまこうして感じていることももう感じなくなるのだ。まもなく、この火の出そうな苦しみも消えるだろう。おれは、火葬の薪の山に意気揚々と登り、苦痛の焔にもだえて勝ち誇るのだ。燃えさかるその火の光も消え去り、おれの灰は風のために海へ吹き飛ばされるだろう。おれの霊は安らかに眠り、それが考えるとしても、きっとこんなふうには考えないだろう。では、さようなら。」
怪物はこう言いながら、船室の窓から、船の近くにあった氷の筏に跳び下りました。それはまもなく、浪に流されて暗やみのなかを遠くへ消えていったのです。
底本:「フランケンシュタイン」日本出版協同
1953(昭和28)年8月20日初版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本における「灯」「燈」の混在はそのままにしました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(大石尺)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2009年8月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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