成することにしか心がはたらかず、自分のやっていることに対する怖ろしさも眼に入らなかった。しかし、気もちが冷静になってくると、今度は、自分の手を使ってやっていることに対して、何度もつくづくといやになった。
 こういう状態で、このうえもなく忌わしい仕事に従事し、自分の置かれた現実の場面からちょっとのあいだでも注意をそらしてくれるもののない孤独にひたっていると、精神に不同が生じてきて、だんだんおちつきがなくなり、神経質になった。いつなんどき、自分を追いかける者に出会わないともかぎらないのを恐れたのだ。ときには見るのをこんなに怖れているものと顔を合せるようなことのないように、眼をあけるのを恐れて、地面に眼を伏せて坐った。ひとりでいて、あいつが伴れあいをよこせと言って来るようなことのないように、人間の眼のとどくところから外へ出歩くことも、怖がってやらなかった。 そうしているあいだにも、働きつづけたので、仕事はもうかなりはかどった。私はその完成を、いっしょうけんめいな、しかしびくびくする望みをもって眺め、その完成を疑う気にはなれなかったものの、何かしら漠然とした悪い予感がそこに入りまじってきて、私の胸をむしばむのであった。


     20[#「20」は縦中横] 約束を破棄して


 ある晩、私は仕事場に居た。陽が沈んで、月がちょうど海から昇るところだった。仕事をするには光が足りないので、今夜は仕事を休もうか、それとも、そんなふうにほったらかしたりせずに完成を急ごうか、などと考えて、なすこともなくぼんやりしていた。腰を下ろしていると、つきからつぎと考えが浮んできて、自分のいまやっていることの結果を考慮させた。三年前に私はこれと同じことをして怪物をつくったが、そいつは、そのたといようなもない残酷さで私の心をめちゃくちゃにし、それをこのうえもなく傷ましい悔恨でもっていっぱいにした。それなのに、今また同じものをつくろうとしているのだが、その性分がどんなものであるかは、私にも前同様にわからなかった。それは、その相棒よりも千倍も万倍も悪いものになって、理由もなく人を殺したいばかりに殺し、難渋させたいために難渋させて喜ぶかかもしれなかった。例の怪物は人間の住む界隈から離れて荒野に身を隠すと誓ったが、女の怪物のほうは約束していないし、また、ものを考えたり推理したりする動物となるはずのそいつは、自分が造られる前にできた契約を守ることを拒むかもしれない。二人はたがいに憎みさえするかもしれず、すでに生きているほうの怪物が、自分の畸形を嫌っているのに、それが、女の姿で眼の前に現われるとしたら、もっともっと嫌悪するかもしれないではないか。女のほうもまた、人間のすぐれた美しさに比べて、男を嫌ってそっぽを向くかもしれないし、男を捨てるかもしれない。そうすれば、男はまた、ひとりぼっちになり、自分と同種のものに見棄てられたという新しい挑発に激昂するかもしれない。
 二人がヨーロッパを離れて新大陸の荒野に住むにしても、あの魔ものが渇望している同感の最初の結果は子どもの生れることだろうが、そうすれば、この悪魔の一族か地上に繁殖して、人間の存在そのものを、不安な、恐怖にみちた状態にしてしまうかもしれない。私は、自分の利益のために、この呪咀をどこまでもつぎつぎと続く世代にかぶせてしまう権利があるだろうか。前には、自分がつくった者の詭弁に乗せられ、そのものすごい脅迫のおかげで、うっかりばかげたことを言ってしまったが、今はじめて、あの約束のまちがっていることがわかり、これから先の世の人々が、私というものを、自分たちの疫病神として呪うだろう、と考えて身慄い[#「身慄い」は底本では「身慓い」]した。この私は、利己的な立場から、おそらく人間全体の存在を犠牲にして、一身の平和を購うことを躊躇しなかった、ということになるのだ。
 私は身慄いし、気が挫けた。と、そのとき、眼をあげると、月のあかりで、窓のところに例の悪魔の姿が見えた。腰かけて当てがい仕事をしている私を眺めながら、そいつの唇はものすごい笑いにひきつった。そうだ、私の旅について来たのだ。森のなかをうろついたり、洞穴に身をひそめたり、広い殺風景な荒蕪地に避難したりして、いま私の進捗ぶりに気をつけ、約束を果してくれと言いに来たのだ。
 見れば、その顔には、極度の悪意と不信が現われていた。私は逆上して、こいつと同じようなものをもう一つ造るなんて約束したのかと考え、激情に身を慄わせながら、造りかけたものをこなごなに打ち砕いてしまった。怪物に、自分のこのさきの幸福はそれが居るかどうかできまると考えていたものを、私が壊してしまったのを見て、悪鬼のような絶望と復讐のわめき声をあげて引き下がった。
 私は部屋を出て、扉に鍵をかけ、この仕事を二度と始めはしないぞと自分の心におごそかに誓い、それから足をぶるぶるさせながら居間にひきこもった。私はひとりきりだった。この暗澹たる気分を追いはらって、胸のわるくなるような怖ろしい幻想の圧迫から救ってくれる者は、近くに一人もいなかった。
 数時間が過ぎ、私は窓の近くに腰かけたまま海を眺めていた。ただ数隻の漁船が海上に点在しているだけで、ときどき微風が、呼び交わす漁夫の声を運んできた。私は、深い深い静けさを意識したわけではないが、夜の静けさを感じてはいた。そのうちにとつぜん、私の耳に、岸辺の近くで櫓を漕ぐ音が聞え、私の家の近くで人が上陸する音が聞えた。
 二三分経ってから、誰かがそっと開けようとしているらしく、扉のきしる音が聞えた。私は、頭のてっぺんから足の先まで慄えあがり、誰が現われたかを感じて、私の家から遠くない所に住んでいる百姓の一人を呼び起したいと思ったが、よく、恐ろしい夢のなかで、さしせまった危険から逃れようとしてもできない時に感じるような、腑ぬけた感情に圧しつぶされて、その場にじっとして動かずにいた。
 すると、廊下に足音が聞え、扉が開いて、恐れていたやつか姿を現わした。そいつは扉を閉めて私に近づき、声を殺して言った。
「やりはじめた仕事をぶちこわしたね。それはどういうつもりなの? 約束を破る気だね? わたしは、つらさ、みじめさを堪えしのんできた。あんたといっしょにスイスを立ち、ライン河の岸に洽って、柳の生えた島々のあいだを通ったり、山のてっぺんを越えたりしがなら、わたしは人目を忍んで歩いて来た。イングランドの荒地やスコットランドの荒野に何箇月も住んだ。言いようのない疲労と寒さと飢えに堪えてきたんだ。そのわたしの願いを踏みにじる気かね?」
「出て行け! 約束は破るよ。おまえみたいな、できそこないの邪悪なやつを、もう一人つくる気はないのだ。」
「腰抜けめ、このまえ筋みちを立てて話して聞かせたが、おまえはわたしの謙遜に価いしないことを証明したね。おれに力があるのを知らないか。おまえは自分が不幸だと思いこんでいるが、おれは、おまえが日中の光を憎むほどひどい目にあわせることができるぞ。おまえは造りぬしだが、おれはおまえの主人だ――いうことをききないさい!」
「僕は煮えきらなかったが、もうそれもやめた。おまえがいくら脅迫したって、それに負けて邪悪な行動を取ったりはしないぞ。それはかえって、おまえに悪事の相棒をっくってやらぬという決意を、固めさせるだけのことだ。死や惨事を見て喜ぶような悪魔を、冷静な気もちでこの世に野放しにできるものか。出て行け! 僕の決心は変らないぞ。おまえの言うことは、僕の怒りを昂ぶらせるだけだ。」
 怪物は私の顔に決断をみとめ、怒りのもどかしさに歯ぎしりした。「人間の男はみな妻を見つけて抱き、動物もそれぞれ相棒をもっているのに、おれはひとりぼっちなのか。おれは愛情をもっているが、それが嫌悪と軽蔑で報いられた。おい! おまえは憎むかもしれないが、気をつけろ! おまえの一生が怖ろしいみじめなものになり、やがておまえから永久に幸福を奪い去らずにおかぬ電戟が、おみまいするからな。こんなみじめなありさまでおれが匍いずりまわっているというのに、おまえが幸福でいてよいものかね? おまえは、おれのそのほかの情熱を枯らすことができるとしても、復讐心だけは残るよ――これからは光や食べものよりもたいせつな復讐心だけは! おれは死ぬかもしれないが、まず、おれの暴君、おれの苦しみの種であるおまえを、自分の不幸を見下ろす太陽を呪うようにしてやる。気をつけろ、おれは恐れないし、力があるからな。おれは、毒牙で咬んでやるために、蛇の狡猾さでもって見守ってやる。やい、ひどい目にあって後悔するな。」
「畜生め、黙れ。そんな悪意のこもった声で空気を毒さないでくれ。僕は僕の決意を言いきったし、おどし文句に屈するほど臆病でもないぞ。出て行け。言ったってむだだ。」
「よろしい。行くよ。しかし、おぼえてろ、おまえの結婚の夜には行くからな。」
 私は身をのりだして叫んだ、「悪党め! 僕の死刑執行命令書に署名する前に、自分が安全でいるかどうか確かめろ。」
 私はつかまえようとしたが、怪物は身をかわして、まっしぐらに家を飛び出した。それから二、三分経つと、そいつが小舟に乗っているのが見えたが、その舟は矢のような速さで海をよこぎり、やがて波のあいだに見えなくなった。
 すべてがまた静かになったが、怪物のことばは耳のなかでひびいていた。私は怒りに燃え、私の平和を台なしにしたやつを追いかけて、海にたたきこんでしまいたかった。私は、気がせき、心みだれて、部屋じゅうをあちこち歩きまわったが、そうしているあいだにも、自分を苦しめ痛める想像を数かぎりもなく想い描いた。どうしてあいつのあとを追って、生きるか死ぬかの闘いをやらなかったのだろう。私は、あいつが立ち去るのを見のがし、あいつは本土を指して行ってしまった。私は、あいつの飽くなき復讐心に捧げられるつぎの犠牲者は誰だろう、と考えて身慄いした。また、それから、あいつの言ったことをふたたび考えてみた、――「おまえの結婚の夜には行くからな[#「おまえの結婚の夜には行くからな」に傍点]。」そうすると、それが、私の運命の満了と定められた期限なのだ。その時に私は死に、同時にあいつの悪意を満足させ消滅させることになるのだ。そういうことを考えても、恐ろしくてどうこうするわけではなかったが、ただ、愛するエリザベートのことを考えると――愛する者を自分の手から残酷にもぎとられた時の、その涙やはてしない悲しみのことを考えると――長いあいだ流したことのなかった涙が、私の眼から流れ出した。しかし、激しい格闘を演じないでは敵の前に倒れないぞと、決心した。
 夜が明け放たれて、海上から陽が昇った。激しい怒りが絶望の底に沈潜するとさ、それが平静と呼ばれるかもしれないとしたら、私の気もちはかなり平静になった。昨夜の怖ろしい争いの場所である家を出て、海岸を歩いたが、海はほとんど私と人間仲間とのあいだの越えがたい障壁に見えた。いや、事実そういうことになってほしいものだと思った。なるほど退屈ではあるが、突然に不幸の打撃を蒙ることもなく、この不毛の岩の上で一生を過ごしたかった。もし帰るとすれば、自分が犠牲になるか、私のもっとも愛する者が私自身のつくった悪鬼につかまれて死ぬのを見るか、どちらかになるのであった。
 私は、愛するすべての者から離れた、そしてその離れていることでみじめな思いをしている、おちつきのない幽霊のように、島を歩きまわった。正午になり、陽が高く昇ると、草の上に寝て、深い眠りに陥った。前夜、一睡もしていなかったので、神経が昂ぶり、眼が徹夜と苦悩のために充血したのだ。しかし、ぐっすり眠って元気が恢復したので、眼がさめると、やっと自分が、自分と同じ人間に属しているという気になり、ずっとおちついて今までのことを考えはじめたが、それでもまだ、悪鬼のことばが葬いの鐘のように耳のなかに鳴りひびき、それが、夢のようてもありながら、しかも現実として明白な、重たくのしかかるものに思われた。
 太陽がずっと低くなったので、私は浜に坐りこみ
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