見つけ、そのために味わった暖かさにすっかり喜んだ。喜びのあまり、燃えている燠に手を突っ込んだが、悲鳴をあげてすばやくその手を引っこめた。考えてみたって、同じ原因で、こんな反対の結果が出てくるなんて、どうもふしぎだ! 火の材料を調べてみて、それが木で出来ていることがわかって嬉しくなった。さっそく木の枝を幾本か集めたけれども、それは、湿っていて燃えなかった。これには悲しくなって、じっと坐りこんで火のはたらきを見守っていた。すると、火の近くにあった木が乾いて、ひとりで燃えてきた。わたしはそのわけを考えてみて、いろいろの枝に蝕って原因を見つけ出し、急いで薪をどっさり集め、それを乾かして、火をどんどんといくらでも焚けるようにした。夜になって眠くなると、火が消えやしないかとたいへん心配した。そこで、乾いた薪や木の葉をかぶせ、その上に湿った木の枝をのっけてから、外套をひろげて地面に横になり、そのまま眠ってしまった。
「けれども、食べものが乏しくなったので、腹の虫をなだめる三つか四つのどんぐりのために、むなしく探しまわってまる一日をすごすこともたびたびあった。このことがわかると、これまで住んでいた場所を離れて、自分のわずかな欲望がもっとたやすくみたされるような場所を探した。この移住に際して、偶然に手に入れた火を失うことが、たいへん残念だった。というのは、それをどうしてつくるか知らなかったのだ。この困ったことについて何時間もしんけんに考えたが、それを確保する試みはみな思いきらなければならなかったので、外套に身をくるみ、森をよこぎって入り日に向って出発した。この放浪に三日間をついやし、おしまいに広々とした土地を見つけた。その前の夜に大雪が降ったので、野原は一様に真白で、そのありさまはうらさびしく、地面を蔽ったつめたい湿ったもので足が冷えるのがわかった。
「朝の七時ごろで、食べものと隠れる所がほしくてたまらず、たしか羊飼いの便宜のために小高い所に建てた小っぽけな小屋を見つけた。これは、わたしには目新しいものだったから、たいへん好奇心をもってそのしくみを調べた。すると扉が開いたので、中に入った。一人の老人が火のそばに坐って、朝食を用意しているところだった。老人は物音を聞いてふり向き、わたしを見つけて大きな金切り声をあげ、小屋を飛び出して、その老いぼれた体では出せそうもないような速力で、原っぱをよこぎって走って行った。老人の風貌は、わたしがこれまで見ていたものとは違っていたが、それが逃げて行ったのは、なんとなく意外だった。しかし、わたしは、その小屋の様子が気に入った。ここは雨も雪も入りこめず、地面が乾いていた。それはちょうど、火の海の苦しみの後に地獄の鬼どもの眼の前に現われた万魔堂《パンデモニアム》のような、申し分のない絶好の隠れ家を与えてくれたのだ。わたしは羊飼いの朝食の残りをがつがつと食べた。その残りものはパン、チーズ、ミルク、葡萄酒などであったが、葡萄酒だけは好きになれなかった。それから、すっかり疲れが出こので、そこにあった藁の上にころりと横になって眠ってしまった。
「眼がさめたのは正午だった。太陽が白い地面を明るく照らしてぽかぽかと暖かいので、旅を続けることにし、見つけた合財袋に百姓の朝食の残りを詰め、畠をよこぎって何時間も歩き、とうとう日没には、とある村に行き着いた。この村がどんなに珍しく見えたことだろう! 小屋や、もっとさっぱりした百姓家や、堂々とした邸宅が、つぎつぎにわたしの眼を奪った。菜園にある野菜や、二、三の百姓家の窓に置いてあって外から見えたミルクやチーズが、わたしの食慾をそそった。そのなかでいちばんよい家に入ったところ、戸の内側に足を踏み入れるか入れないうちに、子どもたちが泣きだし、一人の女が気絶した。村じゅう大騒ぎになって、逃げ出す者もあれば攻撃する者もあり、おしまいには、石やそのほかいろいろの飛び道具の類でむごたらしく傷つけられて、広々とした野原に逃げ出し、怖ろしくなって何もない低い物置小屋に避難したが、村ですてきな邸宅を見たあとでは、そこはまったく見すぼらしいものに見えた。けれども、この小屋は見るところ隣りあった気もちのいい百姓家に附属していたが、いま得たばかりのなまなましい経験から、そのなかには入る気にならなかった。わたし隠れ家は木造だったが、あまり低くて、中でまっすぐに坐っていられないくらいだった。しかも、地面に板が張ってなくてそのまま床になっていたが、乾いていたので、おびただしい隙間から風が入ってきはしたものの、雪や風を凌ぐ気もちのいい避難所であるのがわかった。
「そこでわたしは、中にひきこもって、みじめはみじめでも、この季節の酷烈さから、いやそれ以上に人間の野蛮さから身を隠すという嬉しさに、横になって寝た。
「家が明けるとすぐ、隣りあっている母家を検分して、わたしが見つけたこの住まいにずっと居られそうかどうかをさぐるために、犬小屋みたいなところから這い出した。この小屋は、母家と背中合せになっていて、まわりは豚小屋と水のきれいな池になっていた。一部分は開いていて、そこからわたしは這い込んだものの、今度は、外から見えそうな隙間という隙間を、表に出るばあいにはそれを動かすことにして、石や木でふさいだので、わたしの享ける光は、豚小屋を通してくるだけだったが、わたしには十分だった。
「自分の住まいをこんなふうに整え、きれいな藁を床に敷いて、わたしはそこに身をひそめた。というのは、離れたところに人影が見えたが、この人間の力を見せつけた前の晩の仕打ちを、わたしはあまりによくおぼえていたからだ。けれども、はじめは、盗んだ粗末なパンの一きれと、隠れ家のそばを流れるきれい水を手で飲むよりもっと便利に飲めるコップでもって、その日の糧をまにあわせた。床はいくらか高めになっているので、すっかり乾燥していたし、母屋の煙突のすぐそばだったので、まず悪くない程度の暖かさだった。
「こんなぐあいなので、何か決心の変るようなことが起るまでは、この物置小屋で寝起きすることに決めた。それはたしかに、もと住んでいたあの吹きさらしの森や、雨の滴る木の枝や、じめじめした地面に比べれば、楽園であった。わたしは楽しく朝食を取り、水を少し飲もうとして板を取りのけかかったとき、足音が聞えたので、小さな隙間からのぞくと、頭に手桶をのつけた若い人が、この小屋の前を通って行くのが見えた。その娘は若くて、後に出会った百姓娘や農家の女中とは違って、ものごしがやさしかった。けれども、この少女は身なりが貧弱で、粗末な青いペチコートとリンネルのジャケットだけがその服装だった。金髪は編んであったが、なんの飾りもなく、がまんはしているが悲しいというような顔つきをしていた。その姿は見えなくなったが、十五分ばかり経つと、今度は牛乳のいくらか入った手桶を担いで戻ってきた。見るところ重荷に困るようにして歩いてくると、若い男がそれに出会ったが、その顔はもっと深い意気沮喪を表わしていた。その男は、憂欝な様子で、何やらふたことみこと喋りながら、女の頭から手桶を取って、自分でそれを母家のほうへ持っていった。娘はそのあとについていって、二人とも見えなくなった。その若い男は、すぐまた現われたが、手に何か道具を持って母家の裏の畠をよこぎって行った。娘のほうも忙しく、家に入ったり庭に出たりしていた。
「わたしの住まいをよく調べてみると、以前には母家の窓の一つがその一部分を占めていたが、それが板でふさいであるのがわかった。その板の一つにごく小さなほとんど気のつかない裂け目があって、そこに眼をあてるとどうにか中が見透せた。この隙間から小さな部屋が眼に映った。それは、白く塗られてあってきれいだったが、家具らしいものも何ひとつなかった。炉の近くの片隅には、一人の老人が腰かけていて、悲歎にくれたような様子をして手で頭を支えていた。若い娘は家のなかをせっせとかたずけていたが、まもなくひきだしから何やら手を使ってするものを取り出して、老人のそばに膝を下ろすと、老人は楽器を取りあげてそれを弾き、鶫や夜鶯の声よりも甘美な音を出しはじめた。それは、今まで美しいものを見たことのない哀れな出来そこないのわたしが見てさえ、美しい光景だった! 年とったこの百姓の銀髪と慈悲ぶかい顔つきが、わたしに尊敬の念を起させ、娘のやさしいものごしがわたしの愛情を誘った。老人が甘美な哀しみの曲を奏でると、愛らしい娘の眼から涙が流れたのが見えたが、耳に聞えるような声を出して娘がすすり泣くまで、老人はそれに気づかなかった。それから老人が何か喋ると、娘は仕事をやめて、老人の足もとにひざまずいた。老人は娘を立たせ、親切に愛情をこめてにっこり笑ったので、わたしは、特殊な、圧倒するような性質の感情を意識した。それは、飢えからも塞さからも、また暖かさからも食べものからも、今までにかつて味わったことのないような、苦しさと楽しさの入り混ったもので、その感動に堪えられなくなって、わたしは窓から離れた。
「そのあとですぐ、若い男が薪をどっさり肩にかついで戻ってきた。娘はそれを戸口に迎え、手を貸してその荷を下ろさせ、その燃料を少しばかり家のなかに持って入って炉にさし込んだ。それから娘と若い男は、家の片隅に行き、男が大きなパンとチーズを出してみせた。娘は喜んだ様子で、菜園から野菜類を少し取って来てそれを水につけ、火にかけた。そのあとでさっきの仕事を続けたが、若い男は菜園に入り、せっせと土を掘り起して根菜を抜いているらしかった。こうして一時間ほどその仕事をやったあとで、二人はいっしょに家に入った。
「老人はそのあいだ、もの思いに沈んでいたが、二人の姿を見ると、もっと元気な様子を見せ、みんなで食事にかかった。食事はたちまちのうちにすんでしまった。娘は家のなかをせっせと取りかたずけ、老人は若者の腕によりかかって、家の前の陽のあたるところを三、四分歩きまわった。この二人のすぐれた人間の対照にまさる美しいものはあるはずがなかった。一人は、年老いて、銀髪の、慈愛に輝く顔をしていたし、若者のほうはすらりとした優柔な姿で、顔立ちもじつに美しい均斉を保っていたが、ただその眼と態度は、極度の憂愁と意気沮喪を表わしていた。老人は家に戻り、若者は、朝使っていたものと違う道具をもって畠をよこぎって行った。
「じき、夜になったが、この百姓家の人たちが細長い蝋燭を使って光を延長する手段をこころえているのを知って、わたしはひどく驚嘆した。そして、陽が沈んでも、わが隣人たちを見守ることで味わった歓びが終りにならないことがわかって、嬉しかった。その晩、若い娘と男は、私にはなんのことかわからないさまざまな仕事に精を出し、老人は楽器をまた取りあげて、今朝わたしをひきつけたあのたまらなくよい音を出した。老人がそれを終るとすぐ、今度は若者が、老人の楽器の和音にも小鳥の歌にも似ない単調な音を、弾かずに出しはじめた。あとになってからそれは、大きな声で本を読んだのだということがわかったが、そのときにはまだ、ことばや文字の学問のことを何も知らなかったのだ。
「三人はしばらくこういうことをやったあとで、燈を消して引っ込んだが、わたしの推察では、それは休むためであった。


     12[#「12」は縦中横] フェリクスの家族


「藁の上に寝たが眠れなかったので、その日に起ったことを考えてみた。わたしを主として打ったのはこの人たちのやさしい態度であって、そのなかに加わりたいとおもったが、それもできかねた。前の晩に野蛮な村人から受けた仕打ちをあまりによくおぼえているので、これからさきどういう行為を正しいと考えてするにしても、とにかく今のところ努力しようと決心した。
「家の人たちは、翌朝、日の出前に起きた。娘が家のなかを取りかたずけてから食事のしたくをし、最初の食事が終ってから若い男が出ていった。
「この日は前の日と同じような日課で過ぎ去った。若い男はたえず外で仕事をし、娘は中でさまざまなほねのおれる仕事をした。老人は
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