み》も出てきました。けれどもそれはしばらくの間でした、自分が一人ぼっちで見知らぬ国へゆくと思うと急に心が苦しくなってきました。
 船は白い波がしらをけって進んでゆきました。時々甲板の上へ美しい飛魚がはね上ることもありました。日が波のあちらへおちてゆくと海の面は火のように真赤になりました。
 マルコはもはや力も抜けてしまって板の間に身体をのばして死んでいるもののように見えました。大ぜいの人たちも、たいくつそうにぼんやりとしていました。
 海と空、空と海、昨日も今日も船は進んでゆきました。
 こうして二十七日間つづきました。しかししまいには凉《すず》しいいい日がつづきました。マルコは一人のおじいさんと仲よしになりました。それはロムバルディの人で、ロサーリオの町の近くに農夫をしている息子をたずねてアメリカへゆく人でした。
 マルコはこのおじいさんにすっかり自分の身の上を話しますと、おじいさんは大変同情して、
「大丈夫だよ。もうじきにおかあさんにあわれますよ。」
 といいました。
 マルコはこれをきいてたいそう心を丈夫にしました。
 そしてマルコは首にかけていた十字のメダルにキスしながら「どうかおかあさんにあわせて下さい。」と祈りました。
 出発してから二十七日目、それは美しい五月の朝、汽船はアルゼンチンの首府ブエーノスアイレスの都の岸にひろがっている大きなプラータ河に錨を下ろしました。マルコは気ちがいのようによろこびました。
「かあさんはもうわずかな所にいる。もうしばらくのうちにあえるのだ。ああ自分はアメリカへ来たのだ。」
 マルコは小さいふくろを手に持ってボートから波止場に上陸して勇ましく都の方に向って歩きだしました。
 一番はじめの街の入口にはいると、マルコは一人の男に、ロスアルテス街へ行くにはどう行けばよいか教えて下さいとたずねました、ちょうどその人はイタリイ人でありましたから、今自分が出てきた街を指《ゆびさ》しながらていねいに教えてくれました。
 マルコはお礼をいって教えてもらった道を急ぎました。
 それはせまい真すぐな街でした。道の両側にはひくい白い家がたちならんでいて、街にはたくさんな人や、馬車や、荷車がひっきりなしに通っていました。そしてそこにもここにも色々な色をした大きな旗がひるがえっていて、それには大きな字で汽船の出る広告が書いてありました。
 マルコは新しい街にくるたび[#「たび」は底本では「旅」]に、それが自分のさがしている街ではないのかと思いました、また女の人にあうたびにもしや自分の母親でないかしらと思いました。
 マルコは一生懸命に歩きました。と、ある十文字になっている街へ出ました。マルコはそのかどをまがってみると、それが自分のたずねているロスアルテス街でありました。おじさんの店は一七五番でした。マルコは夢中になってかけ出しました。そして小さな組糸店にはいりました。これが一七五でした。見ると店には髪の毛の白い眼鏡をかけた女の人がいました。
「何か用でもあるの?」
 女はスペイン語でたずねました。
「あの、これはフランセスコメレリの店ではありませんか。」
「メレリさんはずっと前に死にましたよ。」
 と女の人は答えました。
 マルコは胸をうたれたような気がしました、そして彼は早口にこういいました。
「メレリが僕のおかあさんを知っていたんです。おかあさんはメキネズさんの所へ奉公していたんです。わたしはおかあさんをたずねてアメリカへ来たのです。わたしはおかあさんを見つけねばなりません。」
「可愛そうにねえ!」
 と女の人はいいました。そして「わたしは知らないが裏の子供にきいて上げよう。あの子がメレリさんの使《つかい》をしたことがあるかもしれないから――、」
 女の人は店を出ていってその少年を呼びました。少年はすぐにきました。そして「メレリさんはメキネズさんの所へゆかれた。時々わたしも行きましたよ。ロスアルテス街のはしの方です。」
 と答えてくれました。
「ああ、ありがとう、奥さん」
 マルコは叫びました。
「番地を教えて下さいませんか。君、僕と一しょに来てくれない?」
 マルコは熱心にいいましたので少年は、
「では行こう」
 といってすぐに出かけました。
 二人はだまったまま長い街を走るように歩きました。
 街のはしまでゆくと小さい白い家の入口につきました。そこには美しい門がたっていました。門の中には草花の鉢がたくさん見えました。
 マルコはいそいでベルをおしました。すると若い女の人が出てきました。
「メキネズさんはここにいますねえ?」
 少年は心配そうにききました。
「メキネズさんはコルドバへ行きましたよ。」
 マルコは胸がドキドキしました。
「コルドバ? コルドバってどこです、そして奉公していた女はどうなりまし
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