上げてみると、それは船の中で一しょになった年よったロムバルディのお百姓でありました。
 マルコはおどろいて、
「まあ、おじいさん!」
 と叫びました。
 お百姓もおどろいてマルコのそばへかけて来ました。マルコは自分の今までの有様を残らず話しました。
 お百姓は大変可愛そうに思って、何かしきりに考えていましたが、やがて、
「マルコ、わたしと一緒にお出でどうにかなるでしょう。」
 といって歩き出しました。マルコは後について歩きました。二人は長い道を歩きました、やがてお百姓は一軒の宿屋の戸口に立ち止りました。看板には「イタリイの星」と書いてありました。
 二人は大きな部屋へはいりました。そこには大勢の人がお酒をのみながら高い声で笑いながら話しあっていました。
 お百姓はマルコを自分の前に立たせ皆にむかいながらこう叫びました。
「皆さん、しばらくわたしの話を聞いて下さい、ここにかわいそうな子供がいます。この子はイタリイの子供です。ジェノアからブエーノスアイレスまで母親をたずねて一人で来た子です。ところがこんどはコルドバへ行くのですがお金を一銭も持っていないのです。何とかいい考えが皆さんにありませんか。」
 これをきいた五六人のものは立ち上って、
「とんでもないことだ。そんなことが出来るものか」
 といいました。するとその中の一人は、テエブルをたたいて、
「おい、我々の兄弟だ。われわれの兄弟のために助けてやらねばならぬぞ。全く孝行者だ。一人できたのか。ほんとに偉いぞ。愛国者だ、さあこちらへ来な、葡萄酒《ぶどうしゅ》でものんだがよい。わしたちが母親のところへとどけてあげるから心配しないがよい。」
 こういってその男はマルコの肩をたたきふくろを下してやりました。
 マルコのうわさが宿屋中にひろがると大勢の人たちが急いで出てきました、ロムバルディのおじいさんはマルコのために帽子を持ってまわるとたちまち四十二リラのお金があつまりました[#「あつまりました」は底本では「あつりまりました」]。
 みんなの者はコップに葡萄酒をついで、
「お前のおかあさんの無事を祈る。」といってのみました。
 マルコはうれしくてどうしてよいかわからずただ「ありがとう。」といって、おじいさんのくびに飛びつきました。
 つぎの朝マルコはよろこび勇んでコルドバへ向って出かけました。マルコの顔はよろこびにかがやきました。
 マルコは汽車にのりました。汽車は広々とした野原を走ってゆきました。つめたい風が汽車の窓からひゅっとはいってきました。マルコがジェノアを出た時は四月の末でしたがもう冬になっているのでした。けれどもマルコは夏の服を着ていました。マルコは寒くてなりませんでした。そればかりでなく身体も心もつかれてしまって夜もなかなか眠ることも出来ませんでした。マルコはもしかすると病気にでもなって倒れるのではないかと思いました。おかあさんにあうことも出来ないで死んだとしたら……マルコは急にかなしい心になりました。
 コルドバへゆけばきっとお母さんにあえるかしら、ほんとうにおかあさんにあうことがたしかに出来るかしら。もしもロスアルテス街の紳士が間違ったことをいったのだとしたらどうしよう。マルコはこう思っているうちに眠ってゆきました。そしてコルドバへ行っている夢を見ました、それは一人のあやしい男が出てきて、「お前のおかあさんはここにいない。」といっている夢でした。マルコははっとしてとびおきると自分の向うのはしに三人の男が恐しい眼つきで何か話していました。マルコは思わずそこへかけよって、
「わたしは何も持っていません。イタリイから来たのです。おかあさんをたずねに一人できたのです。貧乏な子供です。どうぞ、何もしないで下さい。」
といいました。
 三人の男は彼をかわいそうに思ってマルコの頭をなでながらいろいろ言葉をかけ一枚のシオルをマルコの体にまいて、眠られるようにしてくれました。その時はもう広い野には夕日がおちていました。
 汽車がコルドバにつくと三人の男はマルコをおこしました。
 マルコは飛びたつように汽車から飛び出しました。彼は停車場の人にメキネズの家はどこにあるかききました。その人はある教会の名をいいました。家はそのそばにあるのでした。マルコは急いで出かけました。
 町はもう夜でした。
 マルコはやっと教会を見つけ出して、ふるえる手でベルをならしました。すると年取った女の人が手にあかりを持って出てきました。
「何か用がありますか」
「メキネズさんはいますか。」
 マルコは早口にいいました。
 女の人は両手をくんで頭をふりながら答えました。
「メキネズさんはツークーマンへゆかれた。」
 マルコはがっかりしてしまいました、そしてふるえるような声で、
「そこはどこです。どのくらいはなれてい
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