し、内なる統一と外なる統一とを全く不可分のものとし、遂に宇宙的意識に復歸することに於て、無政府にして共同的にして同時に貴族的なる眞の民主生活が實現せらるるものとするカ翁の説は、從來の宗教思想も社會思想も藝術も農工業も、すべてを一つの熔爐に入れて、新しい自由の全一の世界を創造する捷徑を明示するのでありました。
 また碧巖録を讀み、論語、孟子、バイブルを讀み、古事記を反覆する間に、個人も、社會も、物質も、精神も、野蠻も、文明も、皆それぞれの面に於て『人間』といふ生命活動の一表現であつて、その自然の姿は終始一貫して『美即善』を追求してゐることが解るのでありました。カ翁の宇宙的意識といふのは、哲學者のいふ意識とは雲泥の相違があつて、それは宇宙的生命そのものであり、『人間』そのものであり、『眞善美』そのものであり、一面虚無であり、同時に實存でありました。
 巣鴨監獄内の一年間の冥想は私にとつて、よき修業になりました。

     巣鴨の幽居

「あなたのお話を聞いてゐると、監獄は樂しいところのやうに思はれて、何だか同情の念が薄らいでくる恐れがありますね」

 ええ、ある點からいへば、あすこは私達
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