に計畫が進んだのです。そして堺、幸徳兩兄から私にも創立者の一人になれといふ相談が持ち込まれました。わたしは兩兄の變らぬ友情にとても嬉しく感じたが、しかし、私に最も適した『新紀元』を棄てて、最も不得手な新聞記者になることは、どうかと思はれました。それに新刊の平民新聞には外部から盡力させて貰つたらどうか、こんな考へから、一應、參加を謝絶したのですが、兩兄は強ひて參加を要望するのでありました。兩兄の言ふには『今回の事は、啻に君一身の問題に非ず、從來何とは無しに對立の形勢をなせる基督教徒、非基督教徒の兩派の社會主義者が相融和するか否かの問題に係はる』ことであるから、とくと社中社外の同志と協議してくれとのことでありました。
 當時木下は思想の動搖のために上州伊香保温泉に行つてゐたので社中の赤羽巖穴、逸見斧吉、小野有香、横田兵馬の諸君に諮り諸君は安部磯雄氏を訪うてその意見を質しました。そして兎も角も、日刊平民の創立に參加せよ、といふ衆議が成立しました。勿論『新紀元』の編集、發行等は諸同志が協力して繼續するといふことでありました。ところが、木下が伊香保から歸つて、十名ばかりの諸同志が相會して最後の決定を計らうとしたが、主役の木下が繼續に同意しないので、遂に廢刊といふことに逆轉して了ひました。木下は『新紀元』の終刊號に
『慚謝の辭』を掲げて
「新紀元は一個の僞善者なりき。彼は同時に二人の主君に奉事せんことを欲したる二心の佞臣なりき。彼は同時に二人の情夫を操縱せんことを企てたる多淫の娼婦なりき」
 と絶呼しました。
 まことに傍若無人の態度で『慚謝』の心情など些かも窺はれない放言でありますが、ここが木下の人柄とでも言ふべきでありませう。一年間、熱心に『新紀元』に應援または協力して來た青年同志達は或は失望し、或は憤激し、或は呆れましたが、どうすることも出來ませんでした。(木下は最期の息を引きとるまで、かうした性格を持ちつづけたやうであります。偉大な天才でありましたが、かうした性格から、よき同志を發見し得なかつたので、その才能を充分に發揮し得なかつたのだと思ひます。)
 兎も角も、『新紀元』と『光』とは同時に廢刊して、双方の同志が新發足の日刊『平民新聞』に協力することになりました。前記の堺、幸徳、西川、竹内と私との五人が創立人となり、編集局には山口孤劍、荒畑寒村、山川均、深尾韶、赤羽巖穴等の諸君が入りました。そして京橋區新富町の有名な劇場、新富座の隣りの可なり大きな家に陣どりました。新富座は昔は最も有名な劇場であり、千兩役者ばかり出場する格式の高い芝居小屋でありました。
 この日刊平民の創立は可なりのセンセーションを日本の社會と政府とに起しました。西洋諸國の社會主義者間にもまた少からぬ感動を與へたらしく、諸國の革命家の來訪に接しました。就中ロシヤの革命家ゲルショニといふ巨大な體躯の持主の出現は平民社中に深い印象を與へました。『新紀元』時代にもロシヤの亡命者ピルスツスキイが現はれて、幾度か會食などしたが、今度のゲルショニはさういふことは致しませんでした。ゲルショニは本國の牢獄を脱して來たらしく、餘り落ちついてはゐられなかつたのでありませう。明白な記憶はないが、ブハーリンなども來訪したのではなかつたかと思ひます。印刷機械まで据ゑつけて日刊紙を刷りはじめたのですから、政府の方でも少々眼を見はつたやうでありました。
 この新聞紙上で幸徳は始めから自分の『思想の變化』を發表して、公然無政府主義的主張を宣言しました。それは創刊號から間もない十五、六號の頃で普通選擧制、議會政策を無益な運動となし、勞働者の團結訓練と直接行動とを主張するのでありました。この主張も可なりの衝激を世間一般に與へ、また社會主義者間にも議論を沸騰せしめました。新紀元にも平民新聞にも有力な援助者となつた田添鐵二君は議會政策論者として、正面から幸徳に對立しました。
 幸徳が直接行動論を宣言したのと時を同じくして、足尾銅山の鑛夫達の暴動が勃發しました、たしか二月四日の夕方でした。平民社經營上の相談のために、幸徳、堺、西川三君と私とで、近所の鳥屋に晩餐を喫してゐると、新聞の號外賣りがチリチリ鈴を鳴らして來る。足尾の暴動が益※[#二の字点、1−2−22]激化して來たといふ報道でありました。これはこのまま棄ておく譯には行かないといふことになり、さしづめ西川君が急行して樣子を見たり、通信を書いたり、對策の施すべきことがあれば、適當の處置を講ずる、といふことになり、その夜すぐ出發と決定しました。晩餐もそこそこに濟ませて西川君は先づ家に走り、私は號外を持つて平民社に歸り既に大組を終つて印刷にとりかからうとする工場に行つて、二號活字の大見出しで、暴動記事を付加へました。六日には暴動のますます猛烈なこと、鑛山事
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