とマダムは鍬を持つて葡萄のサク[#「サク」に傍点]の間の人蔘を掘つて見せる。私のリアンクウルで作つたのに比すれば、見る蔭も無い程あわれなものではあつたが、そうも言はれず、
「大そう可愛らしいですな」
と挨拶すれば、
「小さいけれども、それは美味いです」
と御自慢であつた。成程晩餐の食卓で、其人蔘の煮ころばし[#「ころばし」に傍点]を戴いたが、それはホンとにリアンクウルのよりは美味だつた。岩床の上に置かれた土の深さは五尺にも足らない、といふ畑地で、而も日光の熾烈な為に、地熱が強い。其強い地熱で刺激されるので、自然と高い香と甘い味とが、貯へられるのであらう。此庭園で出来るものは、果実でも野菜でも、全く他所では味ふことの出来ない美味を含んで居た。
此庭園を耕やしに来る老人は田舎には珍らしいほど芸術精神に富んだ農夫であつた。此老人が葡萄樹を愛することと言ふたら、実に我子にでも対する様であつた。或る冬、葡萄の栽培をやつて居る時のこと、老人は太いこぶした[#「こぶした」に傍点]古枝を鋸で引いて居たが、其葡萄樹を撓はめやうとすると、不幸にして樹は其切口から半ば割れて了つた。老人は何時も口癖にする呪詛の声を揚げて、
「フウトルルツ」
と叫んだが、直ぐ様、自分の着て居るシヤツの裳《もすそ》の処をズボンの中から出して、それをビリビリ引き裂いて、葡萄樹の場所に繃帯を施してやツた。そして、つぶやく様に言つた。
「ヘツ、ポオブル! サバ、ビヤン!」
是れは「可愛そうに、是れで良かろう!」といふ様な意味だ。其繃帯で折れた樹の凍症を防ぐことが出来やうと言ふのであつた。私は此光景を見て、彼の腰の曲つた、皺くちやの、老人の頬ぺたをキツスしてやりたいと思つたほど深い感動を与へられた。此老人は私に取つては良教師であつた。老人得意の葡萄栽培は勿論のこと、トマト耕作の秘伝、葡萄酒造り込みの秘伝など、学校で教へられない種々なことを私は老人から稽古した。
併し、此老人にも増して、私の自然に対する趣味を助長してくれたのは家主のマダム・ルクリユであつた。夏の夕暮には、何時も庭前の大木アカシヤ・ド・ジヤポンの天を蔽ふばかりに長く延ばした立派な枝の下に、青芝生の上に食卓を据ゑて、いつも晩餐を摂るのを例とした。終日の労働に疲れ果てた身も、行水に体の汗を拭いて、樹下の涼風を浴びながら、手製の葡萄酒に喉を潤ほす心地とい
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