事が行はれてゐることは数へることも出来ない位であります。それに目ざめて来てか英国の各属領は殆んど独立自治国となつてしまひました。
国内における小さな例をあげてみます。家を建てる為には、その土地に存在する材料を使つて、その土地の人が造れば経済でありますが、事実はさうではありません。東京の東の端に家を建てるのに西の端から大工さんが行き、南のはてから材料を運んで行きます。なぜそうなるか、其れはみな「俺が利益しやう」といふ野心があるからであります。この様な不経済は大したものであります。仮りに一人の大工さんが其為に一時間づゝ無駄に費すとすれば五十人では五十時間の無駄が出来るわけであります。もし人々が真に土着して自治するならば、こんな無駄も出来ない筈であります。
第二に美くしさの失はれたことを申します。昔はどんな村にでも組合制度があつて、冠婚葬祭等を協同でやつたものであります。然し支配制度が徹底するに従つて人心が荒んで来て無闇に隣人よりも偉くならうとする様になります。他人を蹴落しても自分が出世したいといふのが今の文明人の願ひであります。文明人はすき[#「すき」に傍点]のない顔をしてゐるが、つまり人相がわるいのであります。儲けようとか出世しやうとか、勝たうとか、一生懸命に考へてゐるから自然に人相が悪くなるのであります。監獄へはいつてゐて外へ出してもらふと、世間の人がみなぼんやりに見えます。これは監獄の中では囚人と看守がお互にすき[#「すき」に傍点]をねらつて寸分の余裕もなく、一寸ひまがあれば話をするとか、何か悪戯をしやうと考へてゐるので自然に険悪な顔になつてくるのです。都会人よりも田舎者の方が人相がおだやかで、善いのも自然であります。
又、織物などでは今の人は三越や松坂屋から買つたものが最上の物の様に考へてゐて、手織物の美しさなどを省みる者はない様であります。先年私は十年振りでヨーロツパから帰つて来て悪趣味の下劣な日本婦人の服装に驚いたのであります。昔は服装にも建築にも深い哲学があつたのでありますが、近代商業主義のためにすつかり壊されてしまひました。昔の哲学は近代の商人により学者により商店員により、ずん/″\と破壊されて了ひました。そして東京は最悪の都会となつてしまひました。同じ都会でも上海などはまだ立派であります。それはヨーロツパ文明の伝統が残つてゐるからであります。そこには自ら哲学が潜んで居ります。然るに、東京はたゞ利益を支配のために出来た都会で、少しも美を発見することは出来ません。
フランスにパンテオンといふ立派なお寺がありますが、こゝには国家の功労者の死骸が沢山祭つてあります。先は亡くなつた社会党のジヤン・ジヨレスの死骸もこゝに祭られました。この寺が出来る時のことであります。技師が見事なひさし[#「ひさし」に傍点]を考案してくつゝけた処、どうしたはずみか完成に近づいた時、突然落ち潰れて了いました。それを見た技師は驚き且嘆いてその結果死んでしまつたのであります。一つのひさし[#「ひさし」に傍点]にもこれだけの真心をこめてゐた技師の心は何と羨しいではありませんか。更に私が感心することは、その後を受けついだ技師が、前任技師の設計をそのまゝ用ひて寸分違はずに前任者の計画通りに実現したといふことであります。もし後任技師が支配慾の強い人であつたならば、必ず前任者の案を葬り自分の設計を用ひたであらうと思ひます。実に美くしい名工の心であります。
昨夜も小山〔四三〕君に聞いたのですが、小山君の着物はお母様の手織ださうであります。その純な色と模様とは実に立派なものであります。どんな田舎にもこんな立派なものがあるのに、地方の人たちは何故これに気づかないで醜い反物を三越などから求めるのでありませうか。これ明かに資本主義から来た間違つた思想に支配されるからであります。然るに茲に面白いことは、貴族の奥様方なぞになると、あのケバ/\しい柄合ひの反物を憎んで態々大金をかけて、手織縞の様な反物を求め、そして自分の優越感を満足して居ります。之が真に審美観から来たものならば結構でありますが、そうでない。唯だ自分が一般人よりも渋いもので而も高価なものを身に着けてゐるといふ誇りを感じたい為に過ぎないのであります。然るに渋さを誇らんが為に計らずも田舎縞、手織縞に帰着する点が実に面白いと思ひます。田舎のお媼《ばあ》さんが何の技巧も用ゐずに唯丈夫にしやうと織り出した反物が、却て貴族方の美的模範となるのは不思議の様であるが、実は自然の勝利であります。自分が材料を作り、自分が意匠をこらして、自分の手で織り上げる、それはどんなに美しい価値のある仕事でありましやうか。
然るに前に言つた様な無益な非美的なことが到る所に無数に行はれてゐるのでありますが、真の自治生活はこんな間違
前へ
次へ
全7ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 三四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング