刻な様々な苦労をなされた。けれども貴女の魂は、荒海に転げ落ちても、砂漠に踏み迷つても、何時でも、お母さんから頂いた健やかな姿に蘇へつて来た。長い放浪生活をして来た私は血のにじんでゐる貴女の魂の歴史がしみじみと読める心地が致します。
 貴女の詩には、血の涙が滴つてゐる。反抗の火が燃えてゐる。結氷を割つた様な鋭い冷笑が響いてゐる。然もそれが、虚無に啼く小鳥の声の様に、やるせない哀調をさへ帯びてゐる。
 芙美子さん
 私は貴女の詩に於て、ミユツセの描いた巴里の可愛ひ娘子を思ひ出す。そのフランシな心持、わだかまりの無い気分! 私は貴女の詩をあのカルチエ・ラタンの小さなカフエーの詩人達の集りに読み聞かせてやりたい。
 だがね芙美子さん、貴女の唄ふべき世界はまだ無限に広い。その世界に触れる貴女の魂のビブラシヨンは是れから無限の深さと、無限の綾をなして発展しなければなりません。これからです。どうか世間の事なぞ顧みないで、貴女自身の魂を育ぐむことに精進して下さい。それは、どんな偉い人でも、貴女以外の誰にも代ることの出来ない貴女一人の神聖な使命です。
  昭和四年三月十六日夜
[#地から1字上げ]石川三
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