来の漠然たる「円満な人物」或は「人格者」といふ様なものは、自由な平等な無強権な社会生活には一種の不具者として寧ろ影をひそめるであらう。社会生活に於ける何等かの労務に服さない英雄的賢人的「人物」や「人格者」は強権時代、階級時代、英雄崇拝時代の遺物に過ぎない。
分業による差別性によつて社会連帯性が益々鞏固になるといふデユルケムの説に対しては些かの反対意見がある。シヤルル・ジイド教授の如きはその一人だ。ジイドは「かうした差別の真理を否定しないにしても、吾々はその類似による連帯性の軽視や、差異による連帯性への乗気を正しいとは思はない。吾々は寧ろ反対に、類似性こそ連帯の為に未来を持つものであることを希望する」とて社会の各方面に於て、階級間にも、地方間にも、風俗や、言葉や、心の持方まで、旧来の差異が薄らいで益々近似すべく進んでゐると説く。そしてデユルケムは吾々の社会的結合の模型を労働組合に採らうとするに対して、ジイドはこれを消費組合に採らうとする。(ジイド、リスト共著『経済学説史』七一〇頁―七一一頁)
○ 差別と平等
デユルケムも人間の類似による結合を無視した訳ではない。「同類相集まる」といふ俚言を引いて、さうした事実を認めてゐる。けれども彼が重点を置いたのは差異性による社会連帯にある。同じ目標を持つた者の間には生存の闘争があるが、目標を異にするものの間には闘争が少ない、といふのが彼の観点である。
併し、交通機関の発達によつて、従来著しかつた民族間又は国民間の諸差異が漸次抹削されつゝあることは事実である。併し又、その差異が抹削されるのは民族間或は階級間のそれであつて、その差異が除去されると同時に自然人としての個人間の差異が著しく眼に付くやうになる。また政治的歴史的地方色に代つて自然的地方色といふものが顕はれてくる。
かうして現はれる自然的差異は却て国境を超え、階級を無視して、人類としての平等観を顕揚するものである。なぜなら同じ階級人にも自然人としては非常に異り、却て他階級人に酷似する者を見出し、同国人と異国人との間にも同様の事実が見られるからである。そして国民間又は階級間の差別が意義のないことを示すからである。
差異観は平等観によつてのみ明白にされるのである。平等は差別の鏡である。外国に行つて初めて祖国が明知される如く、社会的連帯を見て初めて自己の地位が分る。分業は自発的な連帯によつてのみ維持されるのである。個人の自由は相互主義の道徳によつてのみ保持されるのである。連帯なき分業は翼のない飛行機のやうなもので、発動機は如何に運転しても社会といふ大気の中に有機的に浮ばない。生産のない消費はあり得ない故に、生産者の組合を斥けて消費者の組合のみを模型にするといふのも、片輪である。
○ 分業と農業
尚ほ大機械工業に於ける分業制の弊に就ても、シヤルル・フウリエの如きは今から百余年前に注意し、労働の班列制を考案し、園芸と工業とを種々の部分に別けて、一定時間に交替すべきことを説いてゐる。また此頃大機械工業そのものも、或る種類にあつては、却て小規模組織に変ずるを利ありとする意見が出て来た。電気動力の使用の如きは、その主要原因をなすであらう。
フウリエは大機械工業主義を賛成し、その代り右の如き交替制を案出したのであるが、それは農業に於ても、同様な案を立てゝゐる。然るに工業に於ては細かな分業制も已を得ぬと認める人々も、農業の分業制は不利の場合が多いと説くものが少くない、クロポトキンも、カアペンタアも、それである。
カアペンタアは言つてゐる。「私の経験では、小農者は地方住民中で最善、最優なるものである。私がこゝに小農者といふのは、四十エーカー以下の地を耕作する者を言ふ。(一エーカーは約四反歩)彼等は一般に多芸多能であつて、種々な仕事に変通自在で器用である。そして是れは、狭い場所にて一切を自分で処理せねばならない処から、その必要に迫られて器用にもなり、変通自在にもならしめられる為なのである。かうした人達は、農耕の外に牧畜や斬毛にも携はり、多少は鍛冶屋の仕事も出来る。自分で小屋の修繕もすれば、新らしく建てもする。(自作農の場合には)……若し其耕地が充分でない場合には外に出て労働もする。或は石屋の仕事もすれば、左官屋の仕事もする。此種の人達は多く技能に富み、仮令《たとへ》読み書きの方には不得意でも、或る意味に於て、善く教育された者と言ふことが出来る。」(カ翁著『自由産業の方へ』九九頁)更に言つてゐる。「大農制に於ては、大抵分業が過ぎる。例へば一人は牛方、一人は犁持、一人は馬力、といふ工合に種々に分業が行はれる。そして其結果として、彼等はその分業の溝の中にはまつて了ひ、その限界と活動とは制限される。……その結果として、彼等本来
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