凾フ香ひが鋭い力で僕の触感から僕を刺戟する様であつた。言ふがままに三人の女に酒をとつた。僕も飲んだ。三人は唄つた。僕は手拍子をとつた。やがて、蒸された肉に麝香を染み込ました様な心になつて一人を連れて珈琲店《カフエ》を出た。
今夜ほど皮膚の新鮮をあぢはつた事はないと思つた。
朝になつた。
白布の中で珈琲《カフエ》と麺麭《クロアソン》を食つた。日が窓から室の中にさし込んでゐる。窓掛けの薄紗を通して遠くに 〔PANTHE'ON〕 の円屋根が緑青色に見える。PIANISSIMO で然も GRANDIOSO な※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]笛の音がする。襤褸買ひの間の抜けた呼声が古風にきこえる。ごろごろと窓の下を車が通る。静かな騒がしさだ。
一度眼をさました人は又うとうとと睡つて、長い睫が微かに顫へて見える。腕の筋が時々ぶるぶると痙攣する。
僕は静かに、昨夕《ゆうべ》 〔OPE'RA〕 に行つてから、今朝までの自分の感情を追つて考へて見た。人の楽しむ事を自分もたのしみ、人の悲しむ事を自分も悲しみ得たのが何より満足に感じた。眼を閉ぢて、それから其へと纏らない考へを弄んで、
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