もっと大変遠いところから聞えて来るような響《ひびき》をしているので、何だろうと思って店の中へ踏み込んだ。その頃私は小鳥の名などをさっぱり知らなかったので、それぞれの籠につけてある名札をよみながら鳥を見た。鶯《うぐいす》、山雀《やまがら》、目白、文鳥、十姉妹《じゅうしまつ》などの籠の上に載っていたウソをその時はじめて詳しく観察した。さっきの声はそのウソの鳴音だったのである。
ウソを見て一番さきに興味をおぼえたのはその姿勢と形態とであった。この小鳥は思いきった直立の姿勢でとまり木にとまっていた。むしろ後ろに反りかえっていると言ってもいい動勢を有《も》っていた。それを見るとすぐ、あの柳の丸材で作った、亀井戸天神《かめいどてんじん》のウソ替《かえ》のウソを思出した。柳の丸材へ横に半分|鋸《のこぎり》を入れて上からぽんぽんと二つ三つ鑿《のみ》でこなし、その後ろへ削りかけのもじゃもじゃを作り、脳天を墨でぬり、眼玉を描き、ぐるりと紅で頸《くび》を撫《な》で、胸とおぼしきところに日の丸を一つ附けた、あの原始的なウソの木彫は、実に強くこの自然の動勢に迫っている。あの木彫りのウソは実物のウソよりも、もっ
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