をみはり
裾野とほく靡《なび》いて波うち
芒《すすき》ぼうぼうと人をうづめる
半ば狂へる妻は草を藉《し》いて坐し
わたくしの手に重くもたれて
泣きやまぬ童女のやうに慟哭《どうこく》する
――わたしもうぢき駄目になる
意識を襲ふ宿命の鬼にさらはれて
のがれる途《みち》無き魂との別離
その不可抗の予感
――わたしもうぢき駄目になる
涙にぬれた手に山風が冷たく触れる
わたくしは黙つて妻の姿に見入る
意識の境から最後にふり返つて
わたくしに縋《すが》る
この妻をとりもどすすべが今は世に無い
わたくしの心はこの時二つに裂けて脱落し
闃《げき》として二人をつつむこの天地と一つになつた。
[#天から27字下げ]昭和一三・六
[#改ページ]
或る日の記
水墨の横ものを描きをへて
その乾くのを待ちながら立つてみて居る
上高地から見た前穂高の岩の幔幕《まんまく》
墨のにじんだ明神|岳《だけ》のピラミツド
作品は時空を滅する
私の顔に天上から霧がふきつけ
私の精神に些《いささ》かの条件反射のあともない
乾いた唐紙《からかみ》はたちまち風にふかれて
このお化屋敷の板の間に波をうつ
私はそれを巻いて小
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