る事はない
それが世の中といふものだ
心に多くの俗念を抱いて
眼前|咫尺《しせき》の間を見つめてゐる厭な冷酷な人間の集りだ
それ故、真実に生きようとする者は
――むかしから、今でも、このさきも――
却て真摯《しんし》でないとせられる
あなたの受けたやうな迫害をうける
卑怯《ひきよう》な彼等は
又誠意のない彼等は
初め驚異の声を発して我等を眺め
ありとある雑言を唄つて彼等の閑《ひま》な時間をつぶさうとする
誠意のない彼等は事件の人間をさし置いて唯《ただ》事件の当体をいぢくるばかりだ
いやしむべきは世の中だ
愧《は》づべきは其の渦中の矮人《わいじん》だ
我等は為《な》すべき事を為し
進むべき道を進み
自然の掟《おきて》を尊んで
行住坐臥我等の思ふ所と自然の定律と相もとらない境地に到らなければならない
最善の力は自分等を信ずる所にのみある
蛙のやうな醜い彼等の姿に驚いてはいけない
むしろ其の姿にグロテスクの美を御覧なさい
我等はただ愛する心を味へばいい
あらゆる紛糾を破つて
自然と自由とに生きねばならない
風のふくやうに、雲の飛ぶやうに
必然の理法と、内心の要求と、叡智《えいち》の暗示とに嘘がなければいい
自然は賢明である
自然は細心である
半端物のやうな彼等のために心を悩ますのはお止《よ》しなさい
さあ、又銀座で質素な飯《めし》でも喰ひませう
[#天から27字下げ]大正元・一〇
[#改ページ]
梟の族
――聞いたか、聞いたか
ぼろすけぼうぼう――
軽くして責なき人の口の端
森のくらやみに住む梟《ふくろふ》の黒き毒に染みたるこゑ
街《ちまた》と木木《きぎ》とにひびき
わが耳を襲ひて堪へがたし
わが耳は夜陰に痛みて
心にうつる君が影像を悲しみ窺《うかが》ふ
かろくして責なきは
あしき鳥の性《さが》なり
――きいたか、きいたか
ぼろすけぼうぼう――
おのが声のかしましき反響によろこび
友より友に伝説をつたへてほこる
梟の族、あしきともがら
われは彼等よりも強しとおもへど
彼等はわれよりも多弁にして
暗示に富みたる眼と、物を蔵する言語とを有せり
さればかろくして責なき
その声のひびきのなやましさよ
聞くに堪へざる俗調は
君とわれとの心を取りて不倫と滑稽との境に擬せむとす
のろはれたるもの
梟の族、あしきともがらよ
されどわが心を狂ほしむるは
むしろかかるおろかし
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