レコオドへの惑溺《わくでき》といふやうな事は皆この要求充足の変形であつたに相違なく、此の一事だけでも半生に亙《わた》る彼女の表現し得ない不断のせつなさは想像以上のものであつたであらう。その最後の日、死ぬ数時間前に私が持つて行つたサンキストのレモンの一顆《いつか》を手にした彼女の喜も亦《また》この一筋につながるものであつたらう。彼女はそのレモンに歯を立てて、すがしい香りと汁液とに身も心も洗はれてゐるやうに見えた。
彼女がつひに精神の破綻《はたん》を来すに至つた更に大きな原因は何といつてもその猛烈な芸術精進と、私への純真な愛に基く日常生活の営みとの間に起る矛盾|撞着《どうちやく》の悩みであつたであらう。彼女は絵画を熱愛した。女子大在学中既に油絵を画いてゐたらしく、学芸会に於《お》ける学生劇の背景製作などをいつも引きうけて居たといふ事であり、故郷の両親が初めは反対してゐたのに遂に画家になる事を承認したのも、其頃画いた祖父の肖像画の出来|栄《ばえ》が故郷の人達を驚かしたのに因ると伝へ聞いてゐる。この油絵は、私も後に見たが、素朴な中に渋い調和があり、色価の美しい作であつた。卒業後数年間の絵画については私はよく知らないが、幾分情調本位な甘い気分のものではなかつたかと思はれる。其頃のものを彼女はすべて破棄してしまつて私には見せなかつた。僅かに素描の下描などで私は其を想像するに過ぎなかつた。私と一緒になつてからは主に静物の勉強をつづけ幾百枚となく画いた。風景は故郷に帰つた時や、山などに旅行した時にかき、人物は素描では描いたが、油絵ではつひにまだ本格的に画くまでに至らなかつた。彼女はセザンヌに傾倒してゐて自然とその影響をうける事も強かつた。私もその頃は彫刻の外に油絵も画いてゐたが、勉強の部屋は別にしてゐた。彼女は色彩について実に苦しみ悩んだ。そして中途半端の成功を望まなかつたので自虐に等しいと思はれるほど自分自身を責めさいなんだ。或年、故郷に近い五色温泉に夏を過して其処の風景を画いて帰つて来た。その中の小品に相当に佳《よ》いものがあつたので、彼女も文展に出品する気になつて、他の大幅のものと一緒にそれを搬入したが、鑑査員の認めるところとならずに落選した。それ以来いくらすすめても彼女は何処の展覧会へも出品しようとしなかつた。自己の作品を公衆に展示する事によつて何か内に鬱積《うつせき》す
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