、私への純真な愛に基く日常生活の営みとの間に起る矛盾|撞着《どうちゃく》の悩みであったであろう。彼女は絵画を熱愛した。女子大在学中既に油絵を画いていたらしく、学芸会に於ける学生劇の背景製作などをいつも引きうけて居たという事であり、故郷の両親が初めは反対していたのに遂に画家になる事を承認したのも、其頃画いた祖父の肖像画の出来栄が故郷の人達を驚かしたのに因ると伝え聞いている。この油絵は、私も後に見たが、素朴な中に渋い調和があり、色価の美しい作であった。卒業後数年間の絵画については私はよく知らないが、幾分情調本位な甘い気分のものではなかったかと思われる。其頃のものを彼女はすべて破棄してしまって私には見せなかった。僅かに素描の下描などで私は其を想像するに過ぎなかった。私と一緒になってからは主に静物の勉強をつづけ幾百枚となく画いた。風景は故郷に帰った時や、山などに旅行した時にかき、人物は素描では描いたが、油絵ではついにまだ本格的に画くまでに至らなかった。彼女はセザンヌに傾倒していて自然とその影響をうける事も強かった。私もその頃は彫刻の外に油絵も画いていたが、勉強の部屋は別にしていた。彼女は色彩に
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