出張り方、円さ、厚さ薄さ。千種万様で、実際、人が想像しているよりも以上の変種に富んでいるのは此部分である。鼻の下、口の上を見るとその人がまる出しかと思う時がある。一番人間の生物としての方面を示している。又その人の天性の美も此所に多く無意識に出ている。「人中《にんちゅう》」の特に美しい人は忘れられない。女優サラ ベルナアルの人中は少しつれていて其為め前歯がちらちらと見え勝である。其魅力は無比であった。
頬のうしろ、顎《あご》から頤《おとがい》にかけては其人の弱点を一番持っている。誰でもそうである。其だけに又最も特質的な魅力もある。顎の美しさは最も彫刻的の微妙さを持つ。
運動の無い前額から顱頂《ろちょう》にかけての頭蓋部《ずがいぶ》が、最も動的な其人の内心の陰影を顕《あら》わすのは不思議である。額の皺が人間の閲歴を如実に語るものである事は言う迄もなかろう。
眼や眉や鼻や口や耳などという個々のものに就いては今語り尽せない。私はあまり睫毛《まつげ》の美しい少女を電車の中で見て、思わず知らず其顔をのぞき込んで気の毒な思いをさせた事がある。その睫毛は名状すべからざる美を持っていて到底再現する
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