人で意匠をこらしているのかと思うとおかしい。ヤマナシの白、コブシの白、ウグイスカグラの白、その白がみなちがう。ウツギの変種か、ジクナシという淡紅色の花がいちめんに野にさき、ツツジもそろそろ芽ぐみ、やがて山桜が山にあからむ。山桜がいいピンク色にぽうっと山の中腹に目立つようになると、もう三月春分の日は過ぎる。小学校の染井吉野は二三日間にせっかちに咲きそろい、リンゴ畑も、梨畑も、青白くすでに満開になる。北上川にそって東北本線を下る車窓から旅客の見るリンゴの花のきよらかな美しさは夢のようだ。
 わたくしは昔、復活祭のころ、イタリア、パドワの古い宿舎にとまって、ステンドグラスの窓をあけたら、梨の花が夜目にもほの白かったことを思い出す。「町ふるきパドワに入れば梨の花」。わたくしは卓上の鈴をならして数杯のうまいキャンチをたのしみ味わった。この山の中にもいつかは、あの古都に感じるような文化のなつかしさが生れるだろうか。この山はまず何をおいても二十世紀後半の文化中核をつかもうとすることから始まるだろう。その上でこの山はこの山なりの文化がゆっくり育つだろう。



底本:「昭和文学全集第4巻」小学館
  
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