て落ちている。これを見つけた時の子供らのよろこびが眼に見えるようだ。子供らがアケビを食べれば、牛や馬はハギを食う。この荳科《まめか》の植物がよほど好きと見えて牛や馬の飼料に部落の人たちはハギを刈って山のようにかついでゆく。ハギは山野に生いしげるが、ここのはいわゆるヤマハギで赤の色がややうすい。わたくしはミヤギノハギの根を移植して小屋のまわりに繁茂させた。これは赤が濃い。ハギは実に強い草で、落葉を肥料にしてよく育ち、秋にはまっ赤な花を無数につけ、その中に白のまじる風情はすばらしい。白花のハギを殊に牛馬は好むという。その外、秋の野山で目立つのは繖形科《さんけいか》の花である。タラの木、ウドなどは巨大な花茎をぬいて空に灰白色を花火のようにひらいている。高山植物に属する花々もそこらにちらばっていて、秋はうっかり路もあるけない。
うっかり路もあるけないといえば、秋にはマムシが殊に多い。マムシは夏の頃にはおとなしいが秋には気が荒くなるらしく、しばしば攻勢に出る。よく路ばたにとぐろをまいて控えているが、これにあんまり接近するといきなり飛びつく。とぐろを巻くのは攻撃態勢というものらしい。岩手ではマムシのことをクチバミと称しているが、わたくしの小屋はそのクチバミの巣だといわれる林の中に建っているので、マムシとは甚だ親しい。マムシは家族づれでいつもきまった巣に住んでいるらしく、毎年きまった場所に姿をあらわし、でたらめには歩かない。それでわたくしは一度もマムシの難にかからなかった。村の人は時々かまれる。かまれるとひどくはれて二、三週間は悩むようだ。中にはマムシ取りの名人がいて、棒のさきで首根っこをぎゅっとおさえ、たちまち口をあかせて牙《きば》をぬき、口からさいてきれいに皮をはいでしまう。まっしろな肉をそのまま焼いて食うらしいし、焼酎《しょうちゅう》にもつける。マムシの生きたのを町に持ってゆけば一匹幾百円かで売れるという。花巻駅の駅前広場にはいつでもマムシの黒焼を屋台で売っている。これはほん物だ。
秋の紅葉は十月中旬だが、ハゼ、ウルシは九月末にもう紅くなる。きわだってさえた色に紅く染まり、緑の多い中に点綴《てんてい》されるのでまったく目ざましい。やがて村のまわりの山々の上の方から色づいてきて、満山が極彩色となる。雑木林の紅葉は楓《かえで》一色のよりも美しい。紅、茶、褐、淡黄、金色と木によって色が違うので、この自然の配合が又となく見ごとだ。山口山という三角山の中腹にあるブナやカツラの大木が金色に輝いているのは壮観で、まるで平安朝の仏画を見る思がする。不思議なことに油画ではまだ日本のこの濃度ある秋の色の分厚さを大胆に造型化していないようだ。梅原竜三郎ならやれそうだが。紅葉は木の葉ばかりでなく、足もとの草の葉の一枚一枚を皆貴重品にする。まったく錦《にしき》をふんで歩く外ない。平常つまらないと思っていたあわれな蔓草《つるくさ》までも威厳をもって紅葉する。
名月は大てい十月初旬だが、うまい月の位置があるもので、ちょうど人間が空を仰ぎ見るのに都合のいい角度で空にあらわれる。わたくしの小屋のあたりから見ると、北上山系の連山、早池峯山《はやちねさん》の南寄りの低い山のあたりからのぼりはじめ、一晩かかって南の空を秋田境の連山までゆるゆるとわたる。塵《ちり》ひとつないきれいな空だから思いきりあかるい。風呂に入れば湯ぶねの中にも月光はさし、野に出ればススキの穂波が銀にきらめく。まったく寝るのが惜しくなって、わたくしはよくその光にぬれて深夜まで人っ子ひとり居ない野や山を歩いたものだ。小屋にかえれば西瓜《すいか》を割ったり、うで粟をむいたり、里芋をたべたりした。そんな晩に一度か二度美しい狐にあったこともある。紅葉がそろそろ散りはじめ、月もだんだんかけてくると、いよいよ茸《きのこ》の季節となる。
この辺で秋の茸のいちばん早いのはアミノメという茸である。これは傘のうらにひだがなくて、小さな孔《あな》が無数にあり、網の目のようになっている茸であるが、小屋のまわりのハンの木などの根もとの落葉の中にひょっこり見つかる。ひとつ見つかると続いていくつも出てくる。時には列を成して草原に並んでいる。この茸はそのまま汁などにも入れるが、糸でつないで乾しておいてよく料理につかう。大してうまくもないが捨てがたい。松原の近所にはハツタケも出るが、東北にはマツタケのいいのが出ない。数も少いが、香りも味も京都方面のには敵《かな》わない。この辺でいちばん沢山出てうまいのはシメジ類である。キンタケ、ギンタケというのもその一種で、これは見て美しく、たべてうまい。キンタケは黄、ギンタケは白、椎茸《しいたけ》くらいの大きさで、落葉にかくれて一個所に群生している。部落の人はこれを塩漬にしておいて正月の料理用に
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