切出しの面白さを桃と調和させようとしてやったのである。
栄螺も彫ったが、それを父に見せたら「この貝はよく見たら栄螺の針が之だけ出ているけれど一つも同じのがないね。」と言った。実はその栄螺を彫る時に、五つ位彫り損って、何遍やっても栄螺にならない。実物のモデルを前に置いてやっているが、実に面倒臭くて、形は出来るのであるが、どうしても較べると栄螺らしくない。弱いのである。どうしてもその理由が分らないので、拵え拵えする最後の時に、色々考えて本物を見ていると、貝の中に軸があるのである。一本は前の方、一本は背中の方にあって、それが軸になっていて、持って廻すと滑らかにぐるぐる廻る。貝が育つ時に、その軸が中心になって針が一つ宛《ずつ》殖えて行くということが解った。だからその軸を見つけなければ貝にならない。成程と思って、其処をそういう風に考えながら拵えたら、丸でこれまでのと違って確《しっか》りして動きのない拠《よ》り所が出来た。それで私は、初めてこういうものも人間の身体と同じで動勢《ムウヴマン》を持つということが解った。それ迄は引写しばかりで、ムウヴマンの謂《いわ》れが解らなかったが、初めて自然の動き
前へ
次へ
全76ページ中62ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高村 光太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング