わり]という様な、美しい声であった。
 声は遠く寂けさの中に消えて行った。しばらくして、思いかけず、見ゆる峰々から「木霊」が帰ってくる。
 一つ二つ三つ……四つ。
 そして、もとの空虚な深い孤独感の様な、静寂にかえって行った。
 ところが、耳をうたがったのであるが、霧の底から、同じヨードルが帰って来た。
 Oho……ho……rrr……ooo………
 一つ二つ三つ……
 これは、霧の谷の底を、わたっている山びこが、遠い見も知らぬヨードルに、答えて呼んだに違いない。
 私は何故とも知れない深い感動をうけた。
 この高さで、よび合っている二つの孤独。
 山と山の木霊の様によびかわしている、霧の中に追い求めているヨードル。
 この寂けさの中にして、この孤高にして、相求めている淋しさ。
 これは私に、今も、まざまざと、生きて、青春の声として、胸の中に響き渡っている声である。
 山びとの、高さへの熱情、清らかさへの熱情、孤独への熱情、この熱情の底に漲っている、涯もない寂寥の美しさが、山の誘惑として、今も私の中に響き渡ってやまない。
[#地付き]〈一九五一・三〉



底本:「アフォリズム」てんびん
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