き、彼はアレクサンダーに「自分に陽があたるように、ちょっと身をよけてくれ、それだけでいい」と言ったという。政治への知識人の無関心の一つの類型である。世の中がどんなに悪くなって、自分が不幸になろうとも、それは宇宙の秩序の運命的推移の一つのあらわれであると諦観し、かく見ることのできる知的判断力と、秩序を観察しそれに委ねる心を動揺させずに持続することを練習するのである。人々はこれをストア哲学の一学派の如く片づけやすいが、この観察することができるという事は、知識という事と離すことのできないことであり、苦しみを耐えるときにこれがなかなか役立つのである。宗教的忍苦、スパルタ的教養、プロテスタンティズムにも流れており、ヨーマン層的倫理にも尾を引くとともに、また一歩方向を変えれば、東洋的、老子的、竹林の七賢の如き、逸人的逃避から、やがて、カストリに一時のつかの間の主観的遊離をむさぼる型態にまで、同じ一つの根をもっているのである。それが逃避としての遊離であることは共通している。しかし、この遊離は事実その政治そのものから遊離しなくても、世界観としてかかる態度で遊離する場合がある。例えばマルクス・アウレリュウスのごとくローマ皇帝の位、すなわち政治のど真ん中にいても、心はその世界が嫌でたまらず、のたうちまわりながら、その世界から逃避しようと、彼の中の「知識」は叫びつづけている。奴隷であるエピクテートスと、奴隷使役者であるマルクス・アウレリュウスが、同じこのディオゲネス的逃避行の中にもがきにもがいているのである。
制度が凄惨なる様相をおびているとき、知性が裂目をよぎる光のように真実を見せることがある。「ただ一つの事が私を苦しめる。――人間の構造が許さないことを、私は何か企てているのではないか、そういう心配である。根本的に全く許されないこと、手段において許されないこと、また、ともかくも現在の場合許されていないことを企てているのではないかという心配である。」とアウレリュウスは心ひそかにつぶやいている。そして更に「お前はいつでも自分自身の体のうちに逃避できるはずだ。……殊に自分の内部が整理されていて、そこに入りさえすれば、大静寂の真ん中に坐り得る人にとってなおさらである。この静寂は、私の目には、りっぱに整頓された心である。」(『わが心の日記』、大原武夫訳)
しかし、アウレリュウスのこの言葉の背
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