めくような明るい軽いおもいであった。たまりにたまった思いは、せきあえぬほどに口にあふれて出て来た。恐らく、独りで勝手にしゃべっていたに違いない。二時間位ずつぶっつづけてやっていた。初めの聴衆は二十人位いた。しかし、だんだん減りはじめた。十人になり、五人になってゆく。テーマも面白く変えてみた。益々内容を充実してみた。勿論決死の努力をこめての熱演である。しかし滑稽なことには、いよいよ淋れる一方である。
その頃七十七歳であった母親は、いつでも歩いて聴きにゆける私の講演会には、判ってもわからなくても聴きにくるのであったが、私はこれには弱ってしまった。だんだん減ってゆく聴衆の中に、どんなにかくしても、チャンとモンペをはいてやって来る母親が、いかにも可哀想だといった顔付きで、三人位の聴衆にまじって話をきいている。このことは、だんだん私には耐えがたいこととなってきた。館は映画館「太陽館」のすぐ近所である。私が一番聴かしたい聴衆のマフラをつけた戦争帰りの若い青年達は、図書館の門までカギになって行列をし、私の待っている講演会場の窓からその横姿が見えているのである。
誰も来ない講演会を、しかも母親と二
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