雪
中井正一
朝から、空は暗く、チラチラ窓のふちから、雪が散りこぼれて來た。
もうすでに六十日、これから何百日ゐるかわからない留置場で、私は、この雪をめづらしい外からまぎれ込んだ、自由の世界から入つて來てくれたものゝ樣な感じで今更のやうにみつめたのであつた。
一つ一つ、きれいな結晶をしてゐた。纖細をきはめたかぼそい線ではあつたが、一つ一つが數へられる美しさでからみ合つた、精密をきはめた機構をもつてゐた。
次から次にこぼれ落ちる雪の、どの一片一片もが、一つ一つ宮殿の一部だと云つていゝほどの複雜な構成をもつてゐた。
私はもう一度、暗い空を見上げた。
暗い暗い空は、一杯の雪をはこんで、重い移動の樣に、壓するものをもつてゐた。
私は、あの一つ一つが、この精密な結晶をもつて、あの大空の奧から湧いて來るのだと思ふとき何か愕然たる驚きに搏たれた。
二万尺の大空の高さで、一厘の狂ひもない正確さで結晶したこの水滴の一つ一つが、こんなに澤山、こんなに空に滿ち滿ちて落ちて來てゐることが、恐ろしいほど不思議なことの樣に思へて來た。
この存在の中にある、深い秩序を、この覆ひかぶさつて來る暗い
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