動かせない本とカードの構造は、それは古い図書館ほど、その形式も古い可能性が多いのである。中にいる人がいかに立派でも、もし、人員と予算が少ないときは、いかんともしがたいときがあるのである。
数年前、アメリカ図書館使節、ロバート・ダウンズ氏が上野図書館を見たとき、本が大きさの順に列んでいるのを見て、前の国立図書館がこの状態では、と、その驚きと打撃は大きかったらしい。
しかし、百万冊の本ともなれば、人と予算がなければ、その中の人々は日本最高水準の人であったにもかかわらずいかんともしがたいのである。
上野図書館が近年(戦前)まで、本を読むには、上衣を着るか、袴をはいてこいという、半封建的文庫形式をもっていたことが積り積って、ここまできたことは反省さるべきである。
戦終って、アメリカ文化が、民衆の基礎の上に生きるという基調を、日本に流入する傾向をもつにあたって、図書館に対して、占領軍が、もった興味は並々ならぬものがあった。
そのいちじるしい成果は、国立国会図書館の創設がその第一である。図書館法が第二である。第三は、十万ドルの軍経費で、アメリカから五人の教師を送り込んで慶応に図書館学校を開いていることである。
学校教育のみでなく、社会教育としての図書館が、いまだ真の意味の民衆のものとしての図書館になっていないことへの奇蹟的立ち後れへの痛感が、これらの企画となったと思われるのである。
昨年から今年に各地におこなわれたウォークショップ(現場討論)形式の講習は新しい息吹きを人々にあたえた。もはや、図書館の大小で格は定まらなくなった。
すでに若い図書館人は、会議の議事整理で老館長たちをしのぎはじめた。また地区図書館協議会の議題など、小さい村の図書館長のほうがその実験の材料を多くもっているのである。また小図書館司書のほうがカードの切り替えについては、実験的知識をより多くもって中央の大図書館に教えるところ多かったのである。何故ならば本が少ないからその実験に堪えうるのである。もはや、格の身分的上下はまさに転倒しはじめたのである。
かくて、近年の図書館大会に至っては、協議会は、もはや、往年の懇親会、酒飲み会の形式を蝉脱して、委員会組織体としての構成を完成しはじめたのである。
このたびの六十周年は、この新しい出発点としてのスタートラインにつくことを意味するかのようである。
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