そのさながらに向ってなす「問い」の設立である。
 存在が存在に向ってなす「問い」の設立、そこに画布の意味がある。自分を自分から画布をもって隔ち、画布をもって押しやること、それは自分が自分に向ってなす親しき問いである。
 自分が自分から隔てられているその隙虚《すきま》に、あるいは画布は寂《しず》かに滑り入るともいえよう。
 われわれの前にまずある白い画布は、実にいまだ問われざる一つの疑問記号《フラーゲツアイヘン》である。われわれが今ここに在りながらしかも真に在らざる不安、それが画布の寂しき白さである。
 白い画布、それは一つの不安である。
 人間は問いをもつかぎりにおいて生きている、とハイデッガーはいう。その意味で、それが畏《おそ》れを滲ませているかぎり、画布はいのちの中に涵《ひた》り、いのちの中に濡れているともいえよう。ハイデッガーはいう。この不安こそ、自分が自分の内奥より喚ぶ言葉なき言葉への悪寒のごとき畏れである。自分が自分よりすり抜けること、自分が自分より隔てられていること、それが生ける時間であり、生ける空間であって、見ゆる時空はその固き影であり、射影にしかすぎない。
 生ける空間
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