過剰の意識
中井正一

−−
【テキスト中に現れる記号について】

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]
−−

 何年前であったか、親不知子不知のトンネルをでたころであった。前に座っていた胸を病んでいると思える青年が、突然
「ああ海はいい、海はいいなあ……」
 といって、一直線にのびている黒い日本海の水平を、むさぼるように凝視しつついうのであった。そして前に座っている私をつかまえて、多くのことをいったが、
「単純な、静かな、この一直線はどうです好いですなあ。私は東京から体を悪くして故郷の山奥の温泉にいくんですが、東京にはこの単純な美しさがありません。男の子と女の子が、山の奥でただ愛しあうというような単純な美しさがありません。……」というような意味のことを口ばやにいった。そして、海を見ながら
「ああ海はいいですなあ。いいなあ。いいなあ」
 と膝を軽くたたきながら、いくらいってもいいたりないようにいいつづけていた。
 私はその後、リスキンとキャプラのコンビのものの基調に、かかる感じのもの「太平洋のまんなかの島に二人で住みたい」という底の恋人のセリフを見
次へ
全6ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中井 正一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング