「よくごらん下さりませ。」三度の問いに対して、三度の同じ答えが繰り返された。そして長い沈黙が巌壁を支配した。どこよりともなく、誰によってともなくうめき声が洩れはじめる。そして、それはついに賛歎となってすべての人々をも囚《とら》えた。王もまた三嘆之を久しうして去ったという。すなわち、鏡のごとく磨かれたる壁にはあい面して描かれたる寂光の土がうつしだされて、あまつさえそこに往来する王様の姿もが共にあい漾映して真の動ける十万億仏土を顕現したるがさまであったという。
 画家の機知もさることながら、このミトスの中にはかなり深い意味で、芸術現象の本質的なる構造をあらわにしていると思う。
 そこには描く[#「描く」に傍点]ことと映す[#「映す」に傍点]ことの内面にある芸術性への指示が潜んでいる。映すことの構造はうつす[#「うつす」に傍点]が示すように移《うつ》す、映《うつ》す、覆《うつ》すなどの等値的射影を意味している。場所的に一方より一方に移動せしめ、しかも関連的等値性をそれが帯びている場合、それをうつす[#「うつす」に傍点]と人々はよぶのである。
 高山に登った人々の経験することであるが、山の
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