いことのようだが、それは、文化の上において民族の「死の十字」の症状のあらわれである。
 やがてそれは、民族が本を読むことの習慣から遠ざかる徴しのはじめであり、加速度的に民族の文化の衰えのきっかけとなるであろう。
 良書古記録が紙の値段で売れて、硫酸で焼いてとかしてエロ本になったこの数年間は私たちの責任として悪夢のような期節であった。
 図書館法案が通過した以上、かかる「焚書時代」は、われらの手で喰止めて見せると、何か深く自分にいいきかすものがある。
 これは、出版界の打って一丸とした統一体の出現によって、この購買の大組織の結成によって、はじめてその再出発の偉力を発揮するのではあるまいか。
 この法案は、予算の裏づけにおいていまだ不充分の感はあるが、この敗戦の灰の中から立ちあがるにあたって、人の魂を鼓舞するスタートのシグナルとなることで、ある意味で、諸兄とともに互いに喜びたいのである。
[#地付き]*『朝日新聞』一九五二年一月一日号



底本:「中井正一全集 第四巻 文化と集団の論理」
   1981(昭和56)年5月25日第1刷
初出:「朝日新聞」
   1952(昭和27)年1月1
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