これを左右するであろう、と考えたのである。
一七七四年の金貨の改革に当って、造幣局から出て来たばかりの新ギニイ貨は、二十一箇の削減されたシリング銀貨と交換されるに過ぎなかった。しかし銀貨が正確に同一の状態にあった所の国王ウィリアムの治世においては、同じく新しい造幣局から出て来たばかりのギニイ貨は、二〇シリング[#「二〇シリング」はママ]銀貨と交換された。これについてビウキャナン氏は曰く、『かくてここに、普通の通貨理論が何らの説明を与えない最も特異な事実があるわけである。すなわちギニイ貨は、ある時には削減された銀貨でのその内在価値たる三〇シリングと交換されながら、後に至ってこの削減されたシリング銀貨の二十一箇と交換されたに過ぎない。これらの二つの異る時期の間にはスミス博士の仮説が何らの説明も与えない所の、通貨状態のある大変化が介在したに相違ないことは、明かである。』
述べられている二つの時期におけるギニイ貨の価値の相違を、削減された銀貨の流通量の相違に帰すれば、この困難は極めて簡単に解決され得るように、私には思われる。国王ウィリアムの治世においては金は法貨ではなく、単に伝統的な価値で
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