らの負担を課することなくして装備されるであろうが、しかしもし銀行が百万の紙幣を発行してそれを政府に七%で貸付け、よってもって百万の鋳貨を排除するならば、国は年々七〇、〇〇〇|磅《ポンド》という継続的租税を課せられるであろう。すなわち人民は租税を支払い、銀行はそれを受取り、そして社会はいずれの場合においてもその富の程度は以前と同一であろう。遠征隊は、我国の制度の改善によって、百万の価値を有つ資本を、鋳貨の形において不生産的ならしめておくことなく、これを貨物の形において生産的ならしめることによって、真実に装備されたのである。しかし利益は常に紙幣発行者に帰するであろう。そして国家は人民を代表するから、もし銀行ではなく国家が百万を発行していたならば、人民はこの租税を免れていたことであろう。
 私は既に、もし紙幣発行権が濫用されないという完全な保証があるならば、誰によってそれが発行されるかは、全体としての国の富については何ら重要ではないということを観た。そして今私は、公衆は、発行者が国家であり商人や銀行業者の会社でないことに、直接の利益を有つことを示した。しかしながら危険は、この権能が銀行会社の
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