Aそして直接的ではないとしても終局的には労働の雇傭者によって支払われるであろう、ということを十分に認めていた。その限りでは吾々は完全に同意する。しかし、かかる租税のそれ以後の作用については、吾々はその見解を本質的に異にするのである。
 アダム・スミスは曰く、『労働の労賃に対する直接税は、たとえ労働者はおそらくそれを彼れの手から支払うかもしれぬとはいえ、彼によって前払されるとさえ言うことは、正当ではあり得ぬであろう。少くとももし労働に対する需要と食料品の平均価格とが課税後もその以前と同一であるならば、あらゆるかかる場合においては、啻にこの租税のみならずまた租税以上のあるものが、彼を直接に使用する者によって実際前払されるであろう。この最終的支払は、場合の異なるにつれ異なる人々の負担する所となるであろう。かかる租税の齎すべき製造業労働の労賃の騰貴は、親方製造業者によって前払されるであろうが、彼らはそれを利潤と共に彼れの財貨の価格に添加する権能を有ちかつ添加せざるを得ないのである[#「彼らはそれを利潤と共に彼れの財貨の価格に添加する権能を有ちかつ添加せざるを得ないのである」に傍点](編者註)。
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