的電子論の見地よりしては,物質の磁性は説明し得られないといふ事であつた.
 此結論は今日の量子論の立場から囘顧すると,極めて興味あることで,金屬の電氣傳導にせよ磁性にせよ,其頃既に古典論の行くべき所迄は行き盡して居たといふことが解る.そしてそれ以上は一つの新しい飛躍が必要であつたのである.Bohr は此事態を此論文により最も切實に體驗した譯であつて,これが古典論からみれば不合理と考へられる水素原子模型の提唱を敢行せしめた理由でもあらうか.
 金屬の電子論は,少くとも原理的には今日の量子論によつて解決せられたのであるが,此量子論たるや吾人の腦裡に終始一貫した因果的の描像を許さないものである.從つて Bohr の論文は吾人の描像的能力の極限に到達して居たものと考ふべきである.
*[#「*」は上付き小文字]本文中 (1),(2) とあるは卷末 Bohr 論文目録の番號を示す.以下同じ.
 §3.古典的量子論.
 學位を受けてから間もなく Bohr は,英國に1箇年間の留學をすることになつた.そして最初は Cambridge の J. J. Thomson の許に,次いで Manchester
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