NIELS BOHR
仁科芳雄

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*:注釈記号
(例)二つの基礎假定*に
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 §1.Bohr の地位.
 今日の純物理學界に於て,最も重きをなす世界人は Niels Bohr である.Planck 老い Einstein 衰へた今日,其右に出づるものは見當たらない.勿論各國共その國内に於ては色々の意味に於て權威者はある.又各專門に於てそれぞれの第一人者は存在する.然しこれ等の人々を一堂に集めた時,名實共に備はつた碩學を選んだとすれば,Bohr はその首位に推される人である.
 それは今日迄の Bohr の業績が,自然科學の最も深い基礎を左右する大飛躍であつたからである.從つて多くの科學は何等かの形でそのお蔭を蒙つて居る.否科學のみならず吾人の思想,觀念にも重大な影響を及ぼさうとして居るのである.その結果でもあり又本來の性格でもあるが,Bohr の關心は科學,哲學等の廣汎な範圍に亙つて居る.興味を惹かぬ領域の事は輕蔑するのが人の常である.その反作用としてその領域の人からは相談を持ちかけられない人となつてしまふ.Bohr は物理學以外に化學,生物學等の廣い範圍に同情と理解とがある.而かもそれが下手の横好きといふのではなく,問題の核心を把握する素質を備へて居るのであるから,誰しも敬畏する道理である.
 又 Bohr の學界に對する態度は,國の東西を問はず相提携して學術の進歩を念願として居るのである.それが爲にはあらゆる手段を講じて同僚後輩のために學術上,人事上の助力を惜まない.今日の新しい物理學を推進して居る多くの有爲な人々は,直接か間接か何かの機會に於て Bohr から教へられてゐる事が多い.殊に Copenhagen の Bohr の研究所に雲集する人々は,Heisenberg のいふ Kopenhagener Geist で以て仕込まれるのであつて,これが今日の物理學進展の一大原動力となつて居ることは否めない事實である.從つて Bohr が物理人欽仰の的となるのも當然であらう.
 又 Bohr の風格,人物,年齡などが,今日の Bohr の地位を築き上げるに與つて居ることも見逃がせないことである.
 §2.生立ち.
 Niels Hendrik David Bohr は1885年10月7日丁抹の首都 Copenhagen に生まれた.嚴父 Christian Bohr は同地の大學の生理學教授であつたが,特に物理學に興味を持ち,云はば純實驗物理學的の仕事をした人であるといふ.これが Bohr の將來に多大の影響を及ぼしたのはいふ迄もないことで,Bohr の天賦は此環境によつて延ばされた事であらう.
 殊に當時の大學の物理學教授 C. Christiansen と嚴父とは親友であつた.Bohr が1903年即ち數へ年19歳の時大學に入つて物理學を專攻することになつてから,Christiansen は Bohr を講義實驗の助手にしようとした.がそれは恐らく Bohr には所を得たものとは云へなかつたのであらう,1年位で止めになつて了つた.
 然し茲に Bohr の力量を示す機會が來た.それは Christiansen が自分の講義に關聯して,1905年に丁抹の學士院をして物理學の懸賞論文を募集させた事である.其の題目は“Rayleigh の液體 jet の定常振動の理論を用ひて表面張力を測定”せよといふのであつた.Bohr は此の問題に着手し,自宅(官舍)にあつた嚴父の實驗室で實驗を行つた.此實驗は一度始めると終る迄は止められなかつたので,夜おそく迄も續けなくてはならなかつたといふことである.
 論文は1906年10月に提出され,翌1907年には學士院から金牌が授けられた.此論文は London の Royal Society の Phil. Transaction (1909)(1)*[#「(1)*」は上付き小文字]に發表せられたが,これが Bohr の唯一の實驗物理學に關する論文である.此頃は勿論その後も Bohr は實驗物理學者たることを志して居たやうであつたが,理論物理學における大きな業績は Bohr をそちらに掻つて行つて了つた.
 上述の論文を見て氣の付くことは,Bohr が其構想に於ても又技
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