にして生徒に潜在する各自獨特の才能をできるだけ引き出して育て上げるやうに仕向けるといふ教育法が必要である.
以上の教育方法を行ふためには,教師は生徒に對する理解と洞察との目を持つてゐなくてはならぬ.そして生徒の能力と特質[#「特質」は底本では「得失」]とを見抜いて,それを適當な方向に向ける技術が要る.それは決して萬能の教師を意味することではなくで,人間を見る力とこれを教育させる技術とを心得てゐる教師を要求するのである.これを今日の教師に期待することは無理であつて,それがためには教師からして新しく養成しなくてはならぬ.その養成は今日直ぐ役に立たぬけれども,しかも直ちに始める必要がある.それと同時に,現在の教師の再教育といふことを行つて,不滿足ながら速急の間に合はせることも考へねばならぬであろう.
茲にもすぐ問題となるのは教師の待遇改善である.上述のやうな優良な教師を養成するには,それに必要な高い教育と優秀な人材とが必要であつて,今日のやうな待遇ではこれを得ることは不可能である.これも國家として解決すべき重要な問題である.
又科學教育に必要な設備の充實といふことも非常に大切である.實驗を生徒自ら行ひ得るやうにするのと,實驗もしないで只ノートだけを取らせる教育方法とでは,生徒の能力を引き出せる點に於て,又理解の深さに於て同日の論ではない.この點では映畫による教育も今後大いに採用せらるべきであらう.然しこれ等の實施に就ても直ちに經費の問題がつき纒ふのである.然し國を創り上げるために費す金は決して無駄にはならない.
以上は學校教育であるが,學校以外の社會教育に於ても,科學的に事物を考へ,科學知識を與へることが必要である.これには色々の方法と設備とが考へられる.例へば生きた科學博物館の増設,科學圖書館の活用,種々の展覧會の開催,映畫並に講演による教育,その他多くの案があるであらうが,茲にはその詳説を省くことにする.
6.結語
これを要するに我が國再建の基礎は科學によつて築かるべきものであるから,以上述べた諸方策は必ずしも短時日にその成果を期待し得ないものであつても,今日からその準備乃至は實施に着手して將來の科學振興を期すべきである.
[#地から2字上げ](昭和21・3・12)
底本:「自然 300号記念増刊 総収録 仁科芳雄・湯川秀樹・朝永振一郎・坂田昌一」中央公論社
1971(昭和46)年3月20日発行
※底本は横組みです。
入力:山崎雅人
校正:小林 徹
2005年11月4日作成
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