また、自分の頭の上に大きく拡がっている、眼に泌みるような青い空と、渺茫《びょうぼう》たる碧い碧い海原とをしばらく眺めていた。
 やがて彼女はベンチから起ちあがると、ゆっくりゆっくり自分の家のほうへ帰って行った。時折り咳が出た。彼女はそのたびに立ち停った。余り晩《おそ》くまで戸外にいたので、ほんの少しではあったが、彼女は悪感《さむけ》がした。
 家へ帰ると、良人から手紙が来ていた。彼女は相かわらず微かな笑みをうかべながら、その封を切って、それを読みだした。

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日ましに快いほうへ向ってくれればと、そればかりを念じている次第だ。お前も早くここへ帰って来たく思っていることだろうが、余り当地を恋しがらないで、くれぐれも養生をしてくれ。二三日前から当地はめッきり寒くなって、厚い氷が張るようになった。雪の降るのももう間近いことだろう。お前とちがってこの季節が好きな自分は、おおかたお前もそう思っていることだろうが、お前をあんなに苦しめた例の煖房には、まだ火を入れないようにしている――」
[#字下げ終わり]

 ここまで読んで来ると、彼女は自分があんなにまで欲しがっていた煖房を、
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