れば、すこしは気晴しになると思うんですの」
 しかし良人には妻の意が汲みかねた。
「気晴しッて、それアまた何のことだい? 芝居かい、夜会かい。それとも、巴里へ行って美味《うま》いものを食べようッてのかい。だがねえ、お前はここへ来る時に、そういうような贅沢な真似が出来ないッてことは得心《とくしん》だったはずじゃないのかい」
 良人のこの言葉とその調子には非難が含まれていることに気がついたので、彼女はそのまま口をつぐんでしまった。彼女は臆病で、内気な女だった。反抗心もなければ、強い意志も持っていなかった。
 一月のこえを聞くと、骨をかむような寒さが再び襲って来た。やがて雪が降りだして、大地は真ッ白な雪に埋《うず》もれてしまった。ある夕がた、真ッ黒な鴉の群がうずを巻きながら、木立のまわりに、雲のように拡がってゆくのを眺めていると、彼女はわけもなく泣けて来るのだった。いくら泣くまいとしても、やッぱり泪《なみだ》がわいて来た――。
 そこへ良人が這入って来た。妻が泣いているのを見ると、良人はびッくりして訊くのだった。
「一体どうしたッて云うんだい、え?」
 そう云う良人は、ほんとうに幸福な人間だ
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