見を有せる一個の人才たるを以て、新内閣中彼れの為めに最好の位置は確かに農商務大臣の椅子なりき。而も侯が彼れに与ふるに司法大臣の閑職を以てしたるは彼れが如何に侯の為めに軽視せられ居るかを見る可し。松田正久氏の文部大臣たるは世人の均しく意外に感ずる所なる可し。世人は寧ろ尾崎行雄氏か否らずむば西園寺侯を以て文部大臣に擬したりき。西園寺侯は健康未だ恢復せざるの故を以て、自ら新内閣に入るを好まざりしといふの事情はあれども、尾崎氏に至ては然らず。彼れは曾て文部大臣として頗る好評あり、其の人物技倆亦松田氏と同日に語る可らざれば、則ち西園寺侯にして自ら起たざるに於ては、尾崎氏こそ寧ろ新内閣の文部大臣として最好の人物なれ。知らず彼れは内閣大臣を目的として進歩党を脱したりといはるゝを気にして、自ら入閣を避けたる乎。将た彼れ自身は入閣を望みたるも、伊藤侯は彼れを閣員に加ふるを好まざりし乎。
 星亨氏を逓信大臣たらしめ、林有造氏を農商務大臣たらしめたるは、恰も膏肉を餓虎に与へたる如しとて、国民の頗る寒心する所なり。されど伊藤侯は政党に於ては首領専制を唱へ、内閣に於ては首相独裁を主義とするの政治家たり。侯にして
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