て議会に立てり。然るにグラツドストンの自治案一たび出るや、彼れは遽かに之れに反対して終に保守党と提携したり。其の表面の辞柄は大英国の統一を維持すといふに在れども、其の豹変の倏忽なるは、今尚ほ厳酷なる批評家の冷笑を免がるゝ能はず。頃日米国の雑誌『アウトルツク』に掲載せるヂヤスチン、マツカーシー氏のチヤムバーレーン論を読むに、其のチヤムバーレーンの自治案に反対したる当時の事情を説て頗る詳悉なり。其中にいへるあり、曰く愛蘭尚書ウイリアム、フオスターの辞職するや、其の後任としてチヤーレス、ヂルクを推薦する者あり、而もヂルクは内閣に座次を有せざれば、到底愛蘭に於ける自治政略を内閣に行はしむる能はずと称して之れを謝絶したり。此に於てかチヤムバーレーンを以て之れに擬するものあり、彼れ亦窃に其の位置を希望し、且つ之れを得むが為に、あらゆる手段を尽くしたり。彼れ以為らく、我れは当然愛蘭尚書に推薦せらる可し、我れ能く其の任務を全うするの準備ありと。而して彼れは愛蘭の国民党員《ナシヨナリスト》と或る協商を継続し、而して其の国民党員は、彼れにして若し愛蘭尚書たらば、必らず自治案主張者として行く可しと信ぜり。然
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