らざる所以を切論して、大隈伯の持論を打破せむと試みたるほどの熱心なる非政党内閣論者なり。彼れ又曾て人に語りて曰く、大隈伯は其品性識量共に立派なる政治家なり。唯だ其の周囲を叢擁する者は、大抵無頼野性の党人にして、伯の徳を累はすものたらざるなし。伯が此等の党人を相手として国事を謀るの意甚だ解す可からずと。其の党人を視るや殆ど蛇蝎の如し。今や政友会には最悪最劣の党人頗る多くして、清流の士皆※[#「戚/心」、第4水準2−12−68]顰を禁ずる能はざるに拘らず、彼れは此輩と相追随して前進せむとするは豈奇ならずや。知らず彼れは其の主張を棄てゝ政党に降りし乎。将た其の岳父井上伯が伊藤侯を援助するが為に、義に於て政友会に入らざるを得ざるの事情ある乎。
西園寺公望侯、渡辺国武子、金子堅太郎男の三氏に至ては、是れ純然たる伊藤侯の門下生なれば、則ち侯と進退趨舎を倶にするは亦怪む可きなし。大岡育造氏は、曾て国民協会を自由党に合同せしめて、伊藤侯を其の首領たらしめんと試みたる策士にして、侯の今囘発起せる政友会の創立委員たるは、其の最も満足とし、栄誉とする所たるは無論なる可し。渡辺洪基氏は一たび伊藤侯の四天王の
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