囘会見したることあるのみと聞けり。但し公と伯との聯鎖たらむと勉め、若くは公伯をして政治的交際を開かしめむと企てたる策士は、或は之れありしを疑はず。然れども公は終に大隈伯と善く相識るに及ばずして薨じたりき。故に曾て公を目して大隈伯の系統に属すと為したるものは、全く公の立場を誤解したるものなり。
 若し夫れ伊藤侯は、明治十七年公を海外に留学せしむべき勅許を奏請したりき。公の独逸ライプチヒ大学に在るや、此の先輩政治家と青年学生との間には、間断なく書信の往復ありたりき。公の学成りて帰朝するや、時方に帝国議会の開設に逢ひ、公は憲法の与へたる特権に依りて貴族院に列したりしが、当時貴族院議長たりし伊藤侯は、此の帰朝者の政治的技倆を試験せむが為に一時仮議長の事を摂行せしめたりき。公の議事整理上に現はしたる手腕は、老年議員をして舌を巻かしめたるのみならず、推薦者たる侯をして亦其の成功を祝せしめたりき。伊藤侯は実に公を政治家に仕立上げむが為に、凡百の訓練指導を与へむと欲したりき。後年公自らも余に語りたることあり、余は伊藤侯の薫陶に負ふ所頗る多きものありと。公の伊藤侯に於ける関係の旧るくして且つ親しかりしこ
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