河野を使つて解散の口実を作る如き馬鹿な狂言をするでもなからうぢやないか。
 △又た西園寺侯が河野を煽てゝ遣らせた狂言に過ぎないといつて通《つう》がつて居るものあるが、コレは西園寺侯が優しい顔をして居つて、なか/\悪戯を弄ぶ人であるとの推測から来たのであらう。併しあんな常識を外れた策略は侯の柄に箝まるものでない。考へて見ると奉答文事件は侯の作戦計画を全く打ち壊はしたので、侯は大に目的の齟齬したのを失望したに相違ない。
 △併しドンな批評があらうとも、河野は河野の為さむとする所を決行し了せたのであるから、毀誉褒貶は度外に置くべしだ。兎に角彼れは十分自我を満足せしめたのだから、外に何も遺憾なことがなからう、今度のやうな機会は再び来るものではない。彼れも此に於て始めて歴史上の一人物と為つたのである。(三十七年一月)

   尾崎行雄

     尾崎行雄

      学堂の英雄崇拝
 博学多識の小野東洋早く歿し、敏警聡察なる藤田鳴鶴尋で逝き、俊邁明達の矢野竜渓は、中ごろ久しく政界と絶縁して、隈門の人才、為めに人をして寂寞を感ぜしめ、今や世間島田沼南、犬養木堂、尾崎学堂を隈門の三傑といひ、而し
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