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大凡政治家に二様の模型あり。公衆と倶に語り、公衆と倶に喜憂し、常に門戸を開放して、勉めて公衆と接近し、以て自己の存在を社会に記憶せしむるを平生の用意と為すもの是れ一、大隈伯爵の如きは此の模型の政治家にして、伊藤公爵も亦稍々之れに近かし。第二は全く反対の模型にして、敢て漫りに公衆と親まず、必らずしも社会に自己を領解せしむるを求めずして、唯だ其の信ずる所を行ひ、其の為さむとする所を為し、名声よりも実功を重むじ、人の是非よりも事の結果を考へ、且つ言行謹慎にして、持重の念頗る強し。山県公爵の如きは則ち是れなり。前者は社会の感情中に生活し、後者は少数者の信任に身を托し、前者は公衆を対象として客観し、後者は自己及び自己の職分を本位として主観す。前者は共和国に在ても猶或は政治家たるを失はずと雖も、後者は独り君側輔弼の宰相として立つに非ずむば、政治家たるよりも、寧ろ軍人として成功せむ。山県公爵が常に一介の武弁と称し曾て政治家を以て自ら任ぜむとするの口吻を漏らしたることなきは、則ち彼れに自知の明あるが為に非るなきか。
試に大隈伯爵を見よ、彼れの門前は日に各種各様の来客を
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