なり※[#白ゴマ、1−3−29]而して其最初の目的は実に藩閥を擁護せむとするに在りき※[#白ゴマ、1−3−29]されど第二次松方内閣起るに及て、協会員中の薩派に属するものは大抵分離し去て、今や協会は殆ど純粋の長派と為れり※[#白ゴマ、1−3−29]但し佐々友房氏は、今も尚ほ薩長聯合の旧夢に迷ふ人なれど、多数の会員は全く長派に傾き、中にも山県崇拝の感情を有するもの最も多し。首領品川子は、山県崇拝の随一にして、大岡育造氏の如きも寧ろ山県系統に属せり。大岡氏は井上侯にも、伊藤侯にも親密の関係あれども、個人としては最も山県侯に深縁あり。されど氏は常に長派の統一を謀るを以て念とし、特に伊藤山県両侯の調和者として、近来頗る努力しつゝあるは、既に公然の秘密なり。
 案ずるに山県侯は、其思想性格に於て大に伊藤侯と合はざる所あり。山県侯は保守的思想を有し、伊藤侯は進歩的思想を有し、山県侯は謹厳端実の性格にして、伊藤侯は磊落滑脱の気質なり。且つ山県侯は由来神経質の人物にして、動もすれば厭世主義に傾けども、伊藤侯は快豁なる多血質にして、楽天主義の人物なり。其公私の行動に於て往々衝突することあるは、亦已むを得
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